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『おくのほそ道』現代語訳、脱稿しました!〔その1〕

「月日は百代の過客にして、行き交う年もまた旅人なり…」。日本国民一億三千万人が大好きな、松尾芭蕉『おくのほそ道』現代語完訳、完成しました。9月発行と大見得きりましたが、言の葉庵相変わらずのんびりです。さて、世に『おくのほそ道』現代語訳決して少なくはありませんが、本著の特徴は、
1.原典に忠実な直訳、なおかつ現代日本語としてすこぶる自然な文体、すらすら読めて楽しめる「現代語再生作品」。
2.底本は岩波文庫版。本編読解に必須の『曾良旅日記』、および『奥の細道菅菰抄』も現代語完訳にて併載(出版史上初)。
の2点となります。
 さらに、本作品は言の葉庵の記念すべき”文芸ジャンル”第一作となりました。

 ともあれ、能書き、前置きはよしとして、本作出来立てをご賞味あれ。


序章

 月日は百代の過客であり、行き交う年もまた旅人である。舟の上に生涯を浮かべるもの、馬のくつわを取って老いを迎えるもの は、日々これ旅にあり、旅を住みかとしているのだ。古人も多く旅に死んだという 。私もいつ頃よりであろう 、ちぎれ雲のように風にさそわれては 、漂泊の思いやまず 、海辺をさすらったものである 。去年の秋、江上の破れ小屋に 蜘蛛の古巣を払い、ようよう年も暮れる。春立つ霞の空 に、白川の関を越えて みたいもの、とそぞろ神にとりつかれ心乱され、道祖神にも招かれては 取るものも手につかぬありさま。股引きの破れをつくろい、笠の緒すげかえ、三里 に灸をすえなどしているが、松島の月、いかがであろうかとまず心にかかる 。それゆえ住まいは人に譲り、杉風の別宅に 引っ越すにあたって、


 草の戸も住替わる代ぞひなの家


鑑賞(古びたこの草庵も、住む人が変われば、代替わりするもの。愛らしい雛など飾る若やいだ家にもなるのであろうか)


 これを発句に、表八句 を庵の柱へと掛け置いた。


旅立ち

 弥生も末の七日 。あけぼのの空朧々として 、月は有明、光も収まろうと する中に富士の峰がかすかに見える 。上野、谷中の花のこずえ 、またいつ見られようかと心細く思われる。親しいもののみ、宵より集い 、舟に乗り込み送ってくれた。千住という所で 舟より上がれば、前途三千里の思い 万感となって胸ふさがり、今は幻のようなちまたに 離別の涙をそそぐ。


 行春や鳥啼魚の目は泪


鑑賞(今、遥か遠くへと旅立って行く。別れを惜しみ、また行く春を惜しむかのように鳥も泣き、魚すら涙を流しているように思われてならぬ)


 この句を旅の矢立 はじめとしたものの、足取りはなかなかに進むものではない。人々が途中に立ち並び、後姿の見える間は、と見送ってくれるからであろうか。


草加

 今年は元禄二年 であったか。奥羽さしての長途の行脚 、ただかりそめに思い立つ。呉天に白髪の恨みを重ねるというが 、耳にすれどもいまだ見もせぬ地を踏み、もし生きて帰ればとはかない願いを胸に抱きつつ、その日ようよう草加という宿にたどり着いた。痩骨の肩に食い込む荷にまず苦しめられる。ただ身ひとつにて、と出で立つつもりが、紙子一枚は夜寒の防ぎ。ゆかた、雨具、墨、筆のたぐい。あるいは断りきれぬはなむけなどのいただきものは、さすがに打ち捨て難く、旅路の煩いとなってしまった。仕方のないことである。


室の八島

 室の八島に詣でる 。同行の曾良が、
「ここの神さまは、木の花咲くや姫と申して、富士浅間神社と一体です。神話では、お姫さまが無戸室(うつむろ)に入り火を放って誓を立てる。その最中にお生まれになったのが火々出見の尊。これにちなんで室の八島と申します。 また八島に煙を付け合せて歌を詠むこともこのいわれにより ます」
 と語った。さらに、当社にはこのしろという魚を禁じる 縁起も伝わっている。


仏五左衛門

 三十日、日光山のふもとに泊まる 。ここの主が、
「わが名、仏五左衛門と申します。なにごとも正直を旨といたしますゆえ、人もこのように申しますもので。一夜の草枕 、打ち解けてお休みなさいますよう」
 という。いかなる仏が、この濁世塵土に現れ出でて 、このような桑門の 乞食巡礼ごときものをお助けくださるのかと、主のなすことに心をつけて見ていると、ただ無知無分別にして馬鹿正直なるものであった。剛毅木訥は仁に近し 、というが、生まれついての清らかなこころ、もっとも尊ぶべきであろう。


日光

 卯月一日、お山に参詣した。その昔、このお山を二荒山と書いていたが、空海大師開基の時、日光と改められた 。千年の未来を悟られたものか、今この御光は一天に輝き、恩沢八荒にあふれ 、四民安堵にして住みか穏やかである 。これよりは多言憚りあって、筆を置くとしよう。


 あらたうと青葉若葉の日の光


鑑賞(青葉、若葉にこぼれる日の光。み仏の恵みが聖山にあまねくあふれ行き渡り、自ずと手を合わせられるありがたさ、尊さである)


 黒髪山には霞がかかり 、雪がいまだ白く見える。

 剃捨てて黒髪山に衣更え 曾良


鑑賞(髪を剃り出家の体で旅立ったものだが、この黒髪山にて奇しくも四月の衣替えとなった。装いも新たに長旅への誓いもいっそう強められるようだ)


 曾良は、氏は河合、名を惣五郎という。芭蕉の葉の下 に軒を並べ、私の薪をとり、水を汲む労を助け てくれる。このたび松島・象潟の眺めをともにすることを悦び、かつ羈旅の難をいたわろうと するもの。旅立ちの暁に髪を剃り、墨染め衣に姿を変え、惣五改め宗悟とする。これにより、黒髪山の句がなった。「衣更」のふた文字、力がこもって聞こえる。

2006年12月06日 22:43

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