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名言名句 第六十二回 春夜 春宵一刻直千金。

 No.78
春宵一刻直千金。
~蘇軾(蘇東坡)『春夜』


今回の名言名句は「春宵一刻値千金」。
宋の代表的詩人、蘇東坡「春夜」よりご紹介しましょう。


「春夜」 蘇軾

【原文】
春宵一刻直千金
花有清香月有陰
歌管楼台声細細
鞦韆院落夜沈沈


【読み】
しゅんしょういっこく あたいせんきん
花にせいこうあり 月にかげあり
かかんろうだい 声さいさい
しゅうせんいんらく 夜ちんちん


【訳文】
春の夜は、ひとときが千金にもあたいするのだ。
花は夜香をただよわせ、月はおぼろ、暗夜にかかる。
高殿の歌や楽の音も、今はひそと漏れ聞こゆるばかり。
中庭のブランコはぽつりと取り残され、夜が深々とふけていく。

【語解】
直:値と同。値段。
歌管楼台:たかどのでの歌声や管弦の音。
声細細:音がかぼそい様子。「寂寂」としているテキストもある。
鞦韆:ブランコ。女子の遊具とされていた。※注1
院落:中庭。
沈沈:夜が静かにふけていく様子。

※注1
「鞦」「韆」はそれぞれ1文字でもブランコの意味を持つ。古くは中国で宮女が使った遊び道具(性具)をさす。遊戯中、裾から宮女の足が見える。これが帝の目に留まって夜伽に呼ばれることから、艶かしいイメージを持たれていた。蘇軾の漢詩「春夜」の鞦韆は、皇帝との夜の営みを隠喩するという説もある。(『角川俳句大歳時記 春』2006年)

【押韻】
同詩は七文字が四行からなる、七言絶句という形式です。金(キン)・陰(イン)・沈(チン)が韻を踏む(押韻)。句末の音が持続・開放系ではなく、下へ、内へと沈んでいく春夜のイメージを聴覚化したものです。


春の宵には、墨一色ではないさまざまな色合いとものの気配、複雑な生き物の濃度がまじりあっています。
漢字28文字に過ぎないこの短い詩に、蘇東坡は視覚・聴覚・嗅覚・触覚をことごとく呼び覚まし、あたかも今日ドローンで撮影した4k映像以上の、生の豊かなイメージを創出しました。
生と死が濃厚な匂いを発する春の宵。そこには千金万金にも代えがたい、宇宙の真実がひそんでいます。肉眼では決して見えず、人の耳では決して聞こえてこない、奥深い“幽玄の境”といえましょうか。
そしてまた、「無一物中無尽蔵」で詠んだ悟りの風景にもつながっていく、永遠の春の詩が蘇軾の「春夜」なのです。

・蘇東坡(蘇軾)

蘇 軾(そ しょく)1037 -1101。中国北宋時代の官人、詩人、書家。東坡居士と号したので、一般に蘇東坡(そとうば)とも呼ばれます。
北宋最高の詩人とされ、文人としては韓愈・柳宗元・欧陽脩らとともに「唐宋八大家」と称されています。また書家としては、米芾・黄庭堅・蔡襄とともに「宋の四大家」と称される、中国を代表する文化人です。

・能〈田村〉への引用句

春の名作能〈田村〉には、シテ・ワキの名所教えの段落で、当句が引用されます。

ワキ げにげにこれこそ暇惜しけれ。こと心なき春の一時
シテ げに惜むべし
ワキ 惜むべしや
シテ・ワキ 春宵一刻価千金。花に清香。月に影
シテ げに千金にも。替えじとは。今此時かや

清水寺から、清閑寺、今熊野観音、鷲の尾の寺、音羽山へと、シテとワキがお互いの視線を追いながら、春都の絶景をながめるシーンです。
「春宵一刻価千金」と感動を分かち合いつつ共に吟ずるくだり。
旅の僧と社殿の童子が、あたかも恋人同士のように袖引き合いながら、互いの心に春のおぼろ月をかけあう。
引用元の「春夜」になまめかしい暗喩があるとしたら、能作者はそのイメージをも物語の背景に意図して盛り込んだものかもしれません。
とかく春の夜は、もの狂おしいものです。

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