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名言名句 第六十回 一休道歌 極楽は西方のみかは東にも 北道さがせ南にあり。

 No.76
極楽は西方のみかは東にも 北道さがせ南にあり。
~伝一休宗純 道歌


「死んだらなんとしても、極楽へまいりたいものじゃ」
「ほんにそうじゃ」
「まちごうても地獄ばかりには落ちとうないな」
「そればかりはかんべんじゃな」
「はて。極楽は西にあるというが、うんと遠くじゃろうか」
「備前よりも、豊後、肥前よりも。いや唐国よりも、もっと遠くじゃろうか」

ぼくたちのご先祖様たちは、このように西の空を仰ぎ、極楽を憧れたのかもしれません。
今回は、一休の道歌を道しるべとして、極楽はどのようなところか、またなぜ西にあるのか、そもそも極楽自体本当に存在するのかを探求していきたいと思います。

室町時代、時の傑僧たる一休は、同様の問いをみなから寄せられたことでしょう。
その答えが、上の一首。まずは歌の解釈を見てみます。

 極楽は西方のみかは東にも
 北道さがせ南にあり

【解釈】
浄土宗の教えでは西方浄土とよび、極楽は西にあるという。
ところが極楽は、西のみか、東にも北にも南にも、どこにでもあるのだ。

素直に読めばこうなりますが、下の句には掛詞が二か所あり、歌意は仏教哲理としてぐっと深くなります。
まず、〔北道〕と〔来た路〕。そして〔南にあり〕と〔皆身にあり〕。
つまり、
「極楽は西ばかりではなく、東にもある。しかし本当の極楽(真理)は、自分の歩んできた道に、そこかしこにあって、そもそもすべての人の一身の中にあるものだ」
となります。

極楽とは、実在するユートピアではなく、一切の業苦より解脱し、もはや何物からも煩わされず、苦しめられることのなくなった、真に自由な心の状態のことです。
それを悟り、あるいは成仏とよべるのかもしれません。

さて、極楽とは本来どのようなところか。なぜ西方にあるとされたのか。
その元となる浄土三部経の一、『仏説阿弥陀経』では以下のように説かれています。

「今をさること十劫の昔。阿弥陀仏は成道して、西方十万億の仏土をすぎた彼方に浄土を造られた。今も、この極楽で人々のために説法をしている」

なおこの説明によると、仏土、極楽というところは、広さは限りなく、いずれも美しく荘厳されて、大気は清浄快適である。人々の求めるものは衣服、飲食、すべて望みどおりに与えられ、苦も業も一切なく、ただ楽のみがある世界だとしています。人は死後、阿弥陀如来に救われて、この浄土に往生するのです。

経典など知らず、目に一丁字なき大衆が、この浄土、極楽に憧れたとしても無理のないこと。今昔物語の極悪人、讃岐の源大夫が阿弥陀仏を慕い、ただひたすら西を目指し、ついに成仏往生した物語は当時の阿弥陀信仰を象徴しています。
・救われる極悪人『今昔物語』


そして浄土や極楽を実際の場所ではなく、悟りや真理ととらえるならば、『十牛図』の若者が見失ってしまった牛(実は真実の自分)を追い求める苦難の旅も同様のものといえるでしょう。
・現代語訳十牛図


仏の国である極楽は、神の国であるキリスト教の天国と等しく感じられるもの。
カトリックの教義でも、天国は具体的に存在する場所ではなく、全き信仰を得て、神と一体化した人の心の状態である、とする教えがあります。

「また、見よここにあり、かしこにあり、と人々いわざるべし。見よ、神の国は汝らの中にあるなり」
(ルカ伝十七章二十一節)

一休の道歌もまた、極楽、すなわち仏の境地は、外にあるものではなく、来た路、自分の行いと、皆身、つまり自分自身の中にもとより備わっていたもの、とさとしているのです。

悟りも真理も、幸せも、ごく身近にいつもある。ただ、それがあまりに近すぎて、人はかえって気づかないのかもしれません。
一休以前にも、幾人かの賢哲が同様のことばを残しています。

「それ仏法遥かにあらず。心中にして即ち近し、真如は外にあらず。身を捨てて何れかに求めん」
(空海『般若心経秘鍵』)

「明珠在掌(めいじゅたなごころにあり)」
(明覚大師『碧巌録』第九十七則)

「極楽は眉毛の上の吊るしもの あまりの近さに見つけざりけり」
(伝道元道歌)

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