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能の永遠の名作『隅田川』を読む講座。9/11(水)

9/11(水)10:30より、蒲田産経学園にて「はじめて見る能狂言」定期講座があります。

今回は、名作能『隅田川』のみどころを徹底分析する、初心者対象の鑑賞講座です。
本作の出典である、『伊勢物語』業平東下りの原文をまずは読解します。

 からころも着つつなれにし妻しあれば はるばる来ぬる旅をしぞ思ふ

 名にし負はばいざ言問はむ都鳥 わが思ふ人はありやなしや

上の名歌に秘められた、業平の悲恋の物語をあわせて読み解きつつ、隅田川の母の生涯をたどります。

『隅田川』作者は、「子ながら類なき名人」と父世阿弥に感嘆せしめた、世阿弥長男の観世元雅。父をしのぐほどの天賦の才に恵まれながら、三十代にして不慮の死を遂げた時代の逸材でした。

さて、元雅は完成した自作能『隅田川』の批評をさっそく父世阿弥に求めました。今日の『隅田川』演出の重要な鍵をにぎる興味深い議論が父と子の間で交わされることとなります。『申楽談儀』からその一節をご紹介しましょう。


『隅田川』で、
「塚の中の子供はいなくても、より面白く演じられよう。この能では生きている子供は見つからず、亡霊である。とくにその本意を忠実に伝えるのだ」
と父世阿弥はいったが、元雅は
「とても私にはできそうにもありません」
 と答えたのである。これに世阿弥は、
「かようなことは、してみて良きにつくべし。せずば善悪定め難し」
 と諭したものだ。
(『申楽談儀』現代語訳 能文社2013年)


現在の『隅田川』は曲の終盤、塚の中から姿をあらわした子、梅若丸の亡霊(子方)と母が対面するシーンがハイライトとなっています。観客も涙をさそわれるところ。しかし、世阿弥はその写実的表現を嫌いました。今日の演出では子方を出すこととなっていますが、世阿弥の言に従い、子方を出さずにチャレンジした舞台も過去にはありました。

さて、梅若丸の亡霊が姿をあらわす前、民衆の供養の大念仏の中、不思議なことに塚の中から梅若丸の「南無阿弥陀仏」の声が聞こえてきます。

母「ああ。今、塚の中からわが子の声が聞こえてきませんでしたか」
船頭「たしかに。わしにもしかと〔南無阿弥陀仏〕と聞こえましたぞ」

その声を聞き、もはや理性もかなぐり捨てて、「南無阿弥陀仏」を必死で唱え、鉦鼓を気が触れたように打ち鳴らす母。
「南無阿弥陀仏、なにとぞなにとぞ、わが子と今一度あわせたまえ」

この母の狂乱シーンを彷彿とさせる、世阿弥が一目置いた近江猿楽の名人、犬王道阿弥の名舞台を『申楽談儀』からたどってみましょう。


 『念仏』※の猿楽では、練貫を一かさね前を合わせて着け、墨染めの絹の衣に、長々とした花帽子を目深にかぶって出たが、これは面白い出で立ちである。
 あたかも楽屋より唱え続けてきたかのように、大勢の人の中から念仏を唱えて現れる。途切れなく、一心不乱に「南無阿弥陀仏」と唱え、鉦鼓(しょうこ)をりんりんと、拍子を無視して打ち叩き、左右の手を合わせて古式の合掌をしたのである。
 口の中でぶつぶつと「南無阿弥陀仏」を一心不乱に。真実舞台を忘れてでもいるかのごとく唱え、あなたへゆらり、こなたへゆらりと立ちさまよう面影が、今もありありと目に映るようである。

※『念仏』 散佚曲。
(『申楽談儀』同上)


『隅田川』は、ぼくが30年ほど前、能を見はじめて半年もたたない頃、偶然出会った能でした。能の世界にどっぷりと引き込まれ、はじめて「能というものを理解」し、また涙を流した忘れられない曲です。

シテとワキの問答が中心となるため、謡本がなくとも筋はおおむね理解できます。しかし…、

父には後れ母ばかりに添ひ参らせ候ひしを。人商人にかどはされて、かやうになり行き候。都の人の足手影もなつかしう候へば、此道の辺に築き籠めて、しるしに柳を植ゑて賜はれとおとなしやかに申し、念仏四五返称へつひに事終つて候。
(『隅田川』ワキの語りより)

上は前半のみどころである、ワキ船頭の船中の語りの詞章です。梅若丸、末期の言葉を伝えたものですが、「都の人の足手影もなつかしう候へば」の解釈はやや難解かもしれません。

ふるさと京都からはるばると離れた武蔵国隅田川の川沿い。この寂しい場所を好むと好まざるに関わらず、今、終焉の地とせざるを得ない。せめてこの旅人が行きかう街道筋の真側に塚をつくり、そこにわが亡骸を埋めてほしい。なつかしい都の人、もしかしたら母上も通られるかも知れぬ。もはや土中に埋められ、上を見ることはできないが、土の上に映る旅人の手足の影でも、せめて感じていたいから、という悲痛な思いがこめられた最後の言葉なのです。

この船中の船頭の語り、そしてその直後の母と船頭の問答。探し求めていたわが子の最期という、もっとも受け入れ難い、残酷な現実を突きつけられた母の悲劇。まさに息をもつかせぬ場面展開が、観客を舞台に釘付けにします。
愁いを帯びた美しい中年女の能面「深井」も大切な鑑賞ポイント。場面の展開に従って、まさに生きている人間の顔以上に、千変万化の驚くべき表情を見せてくれるでしょう。

『隅田川』の背景とストーリーのやさしい解説、登場人物の設定、そして実際の舞台の映像もあわせて「能が100倍面白くなる」鑑賞のコツをぜひ発見していただけると思います。

2013年09月08日 19:18

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