言の葉庵 |能文社 |お問合せ

記憶がなくなっても”人”なのか。渡辺謙[明日の記憶]

ある日、突然「ガン」を宣告されることと、「若年性アルツハイマー」であると告げられることと、どちらを自分は受け入れやすいだろうか…。昨日、渡辺謙 主演/プロデュースのロードショー「明日の記憶」を観て、まず自分に問うてみた問題です。主人公の設定が、職業・年代・家族・勤務地など、あまりにぼくのそれと共通項が多いので、相当に”移入”してしまった結果でしょう。

テーマは重い。働き盛り・人生も充実のピークの広告代理店勤務の主人公が、「物忘れ」に悩み始める。最初はストレスによる体調不良と軽く考えていたところ…。以下、オフィシャルHPよりストーリー紹介です。

広告代理店に勤める佐伯雅行は、今年50歳になる。ありふれてはいるが穏やかな幸せに満ちていた。
そんな彼を突然襲う〈若年性アルツハイマー病〉。
「どうして俺がこんな目に…なんで、俺なんだ!!」
こぼれ落ちる記憶を必死に繋ぎ止めようとあらゆる事柄をメモに取り、
闘い始める佐伯。毎日会社で会う仕事仲間の顔が、通い慣れた取引先の
場所が……思い出せない……知っているはずの街が、突然”見知らぬ
風景”に変わって行く。夫を懸命に受け止め、慈しみ、いたわる妻、枝実子。
彼女は共に病と闘い、来るべき時が来るまで彼の妻であり続けようと心に決める。

「お前は平気なのか?俺が俺じゃなくなっても。」

一緒に積み重ねてきた人生をいつか忘れてしまうのだ。ひりつく想いで
そう訊く夫に、彼女は静かに答える。

「私がいます。私が、ずっと、そばにいます。」

そして、幾度もの夏が訪れる…。〈記憶〉を喪失しても、なお忘れなかったものが、
いつまでも、美しい夕映えの空気に映えていた。


〈アルツハイマー病〉というと、単に”物忘れ”がひどくなる病気だと考えている人が多い。ぼくもそうでした。しかし、アルツハイマーの症状は決して物忘れに限らない。精神、身体の全体の機能が衰えていき、「人が人として生きる」根本を序々に失い、ついには死に至る病なのです。

http://pharmacy.client.jp/altzhimer1.html

その症状は、初期には物忘れが目立つが、徐々に知(知能)、情(感情)、意(意識)の全てに渡って精神機能が低下していく。具体的には、知の機能の低下としては、自分のいる場所がわからない、季節や日付といった時間がわからない、最近のことや昔のことを思い出せない、人との会話を理解できない、自分の意思を伝達できない、物事を自分で判断することができないなどがある。情の機能の低下としては、表情の変化や感情表現が乏しい、感情を制御できない、状況にふさわしい感情表現ができないなどがある。そして、意の機能の低下としては、自発的に行動しない、物事や周囲に対して興味がわかない、気力や活気が乏しいなどがある…

症状は、病状の進行状況により表れ方も変わってくる。アルツハイマーの前兆としては、頑固になる、自己中心的になるなどの人格変化、不安や抑うつ、睡眠障害、不穏、幻想や妄想などの症状が多く見られる。アルツハイマーの第一期では、健忘症状(食事が済んだことをすっかり忘れているなど、一部の記憶が抜け落ちる物忘れ)に加えて、空間的見当識障害(道に迷いやすくなったりする)、多動、徘徊といった症状が認められる。第二期では、高度の知的障害や、巣症状(言葉を忘れたり言い間違えたり、思い通りに行動できなかったり、事物を認識できなかったりする)、錐体外路症状(筋肉が固くなり動かしにくくなる)といったものが見られる。第三期では、痙攣、失禁、拒食や過食、反復運動(同じ動きばかり繰り返す)、錯語(耳のことをミズと言ったりするなど、音韻や語義の違う言葉を使う)、反響言語(他人の言った言葉を真似して言う)、語間代(ナゴヤエキ、エキ、エキと言ったりするなど、言葉の語尾を繰り返す)などの症状が表れる。病状がどんどん進行すると、やがては死に至る…


その患者数は現在約10万人であり(放置患者を入れると推定60~70万人とも)、65才以上の20人に1人は発症すると言われています。女性の方が男性よりも発病しやすいのが特徴。患者数の男女比は、男1に対して女1.5~3とか。ぼくのまわり、知人や友人にも、ご家族に患者さんがいる話、介護されている状況を普段とてもよく耳にします。

まだ読んでいないのですが、「明日の記憶」原作の書評を見ると、映画ではカットされていますが、”記憶死”をも”脳死”と同様、人の死と認めるか、というテーマにまで作者は踏み込んでいるらしい。

息があり、まだ暖かく血の通った人を「死んでいる」のかどうか問おうとする脳死議論以上に、深刻かつ結論の出せない問題へと発展することは必至だろうなあ、と思います。もはやそれは医学・法律の守備範囲ではなく、宗教・哲学の領域に立ち入ることとなり、残念ながらわが国では、このあとの二つの領域は歴史的に立ち遅れ、未成熟だからです。

政府が委員会、審議会を設置して延々と議論している間にも、病状はまったなしに進行し、本人も家族も、日々熾烈さを増す病との闘いに明け暮れ、やがて究極の選択を突きつけられる。

愛する家族の顔が、日々ぼやけていき、ある日突然、見知らぬ他人となってしまうのです。感傷ではなく、非情、残酷なこの現実を、もしもその日がきたとき、自分は受け入れることができるのだろうか。安穏とした日々の中で、このことを考えないわけにも、書かないわけにもいきませんでした。

みなさんのご感想、ご意見などお知らせいただければ、と思います。

2006年05月14日 10:06

>>トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://nobunsha.jp/cgi/mt/mt-tb.cgi/39

コメント

重すぎる問いかけですね。自分がアルツハイマーならガンの方がよいと思うのは、健康だからでしょうか。けれど愛する家族ならばどちらであっても受け入れるでしょうし、病状のあるがままを見守ります。それから愛します。
女性の方が得意かも知れませんよ。変貌していく対象を愛し抜くこと。それが成長であれ、退化であれ、女性の多くは変化を克服して愛することが出来ると思うのですが、いかがでしょうか?

投稿者 しおり : 2006年05月16日 22:02

いえいえ。男性だって「守る」し、「愛して」「とことんいっしょ」に、その時を迎えると思いますよ。
しおりさんに、はじめて反論するかもしれませんが、
男のそういう面はかなり激しくて、『葉隠』なんかは、
ある種そういうサンプルのオンパレードなもんで、
歴史的に「奇異なる書」の烙印を押されてしまったのでは…
とも思える今日この頃です。
いかがでしょう。

投稿者 庵主 : 2006年05月18日 20:59

◆言の葉庵推奨書籍

◆言の葉メールマガジン
「千年の日本語。名言・名句マガジン」

「通勤電車で読む、心の栄養、腹の勇気。今週の名言・名句」、「スラスラ古文が読める。読解ポイントの裏技・表技。古典原文まる秘読解教室」などのコンテンツを配信しています。(隔週)

◆お知らせ

ビジネス・パートナー大募集

現在、弊社では各業界より、マーケティング関連委託案件があります。
つきましては下記の各分野において、企業・フリーランスの協力パートナーを募集しています。

◇アナリスト、リサーチャー
◇メディアプラン(フリーペーパー、カード誌媒体等)
◇プランナー、アートディレクター、コピーライター
◇Web制作
◇イベンター、SPプロモーション
◆化粧品・健康食品・食品飲料・IT・通信分野

 

Copyright(c)2005.NOBUNSHA.All Rights Reseved

Support by 茅ヶ崎プランニングオフィス