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“侘び”の精神は、ケインズ経済学にあり。

ある人との会話で、利休に関心があることを述べると、「……」。反応が微妙でした。問いただしてみると、「だって、少しいやらしいでしょう…」と歯切れが悪い。ははあーん。合点がいった。堺商人であること、茶器売買と利権のニオイを「いやだ」といっているのだな。たしかに利休、諸大名宛に、茶器売却のあからさまな銀子要求証文を何通も送りつけ、これらは今に残っています。

 ご存知のように、泉州堺は商人の町。その富裕な納屋衆の一族である利休に鋭敏な経済感覚があったのは当然のことでしょう。秀吉の茶頭としては、茶を供するだけではなく、今でいうとたとえば、社長室付経営企画室長として、ハイレベルな政治・外交問題も担当していました。秀吉政権ナンバー2の豊臣秀長をして、助力を求めにきた豊後大友宗麟に「公のことは宰相(秀長)、内々のことは宗易(利休)に…」といわしめるほど、当時にあって隠然たる政治力を振るっていたといいます。
そもそも「経済」とは、ただの「金儲け」の仕組みではありません。経済、すなわち古代中国の「経世済民思想」です。世を治め、人民を救うこと。
 その意味は、今日の”政治”と何の違いもありません。

 さて今回は、この”経済”と利休の”侘び”に、予想もつかぬ不思議な縁があったというお話。


 ある年、英国ケインズの高弟である世界的な経済学者、ロイ・ハロッドがケインズ経済学講演のため、はじめて日本を訪れました。講演の合い間におきまりの京都見物。その足で大徳寺を訪れ、偉いお坊さんに出迎えられます。寺内あちこち案内された後、一休和尚の真珠庵にてお茶を一服となる。
二畳台目の極小空間に、大柄の外人夫婦、通訳以下、六人の客がすし詰め。けげんなハロッドは、大きな寺にいくらでも広くて明るい部屋があるのに、なにゆえこんな狭いところでお茶を飲むのか、と質問しました。お坊さんは、日本には”侘び”という思想がある。古来日本人は、この狭い茶室で飲むお茶がなによりもうまいのです、と答えます。ハロッド、
「その”侘び”とは何か」。
 相手は外人です。お坊さん、返答につまる。が、少し考え、
「”侘び”とは、詫びるということ。すみません、と謝ることです」。
 ハロッド、
「わたしは何もわるいことはしていない。なぜ謝らなければならないのか」。
「いや、ハロッドさん、それは違います。あなたがたご夫妻、ならびにお子さんがたによって、これまで牛を何頭食べましたか、豚を何頭殺しましたか。そのためにあなたがたが今日まで生き長らえることができているのなら、牛や豚に詫びないという法はない。あなたの国にも、六日間悪いことをして、七日目に神さまに詫びるという思想があるではないか。そういう考えを持たずに、弱肉強食でいったあなたの国は、確かに一時期七つの海を支配しました。しかしその結果はどうでしょう。あなたの国が支配した国々はすべて独立し、離れていってしまったではありませんか。仏教には因果応報という考え方があるが、まさにあなたの国はそうなった。むろん、人であるから、弱肉強食からのがれられる人はいない。生きていくためには、生きとし生けるものをやむをえず殺害せねばならぬ。しかしたいせつなのは、十頭殺さなければならないところを八頭でがまんすることです。つまり、省くということです。そうすれば二頭が残る。二頭生かすことができる。しかもそれはただ十のものを八に省くというだけではない。八で十の働きをさせる。それが私の言う侘びという考え方なのです」。
 ハロッドはこれを聞き、驚きます。
「それはまさに私の研究するケインズ経済学です。日本にそんなすばらしい思想があったとは…」
 といって感動したということです。
帰国後、お坊さんに”日本を訪れて”というパンフレットが届きます。そこに、今回訪日の最大の収穫は”詫び”の思想を知ったことである、と書かれていました。さらに数年たって再来日したハロッドは、
「ワビの語源はギリシャ語です。前回訪日以来、ずっと侘びについて研究してきました」
と伝言してきます。
お坊さんこれを聞き、ふと得心。人類発生の地はギリシャ、中近東のあたり。原始人は天敵より身を守るために、海山へと逃げ、最終的に山の斜面に穴を掘り、身を隠すことを覚えた。この生き延びるための穴居生活こそ”侘び”であり、このことばがまずギリシャ語として人類子孫に伝えられてきたのではないか、との解釈に至りました。

苦しいけれど何とか耐え忍び、命を全うし次に繫ぐことこそ”侘び”の骨頂。自分を救い、堺を救うため秀吉の茶汲み男として耐え、ついには命とひきかえに茶の湯を救った利休こそ、”侘び”と”経世済民”の思想をみごとに融和し、体現した人といえるのではないでしょうか。

『利休に帰れ いま茶の心を問う』立花大亀/主婦の友社より

2006年06月12日 10:38

コメント

はああ……
今、新入社員として某着物会社の一員として猛勉強中です。

ただ着物が好きで好きで入りました。子供じゃないので経済活動と納得して入りました。が。

侘びの思想のかけらもありませんね(笑)10頭を30頭というところでしょうか。

ギリシャまで至った侘び。このキーワード、私の中に何かを残しそうです。

投稿者 しおり : 2006年06月16日 00:09

着物会社一員として「猛勉強中」…。
ご苦労様です。でも、何か新しいことをはじめ、勉強・吸収するときは、全然苦にならないですよね。
企業の利潤を追求する活動は、現場からではなかなか"侘び"はみえにくいですけど、たぶんググッと超ロングにひいて、マクロの視点でみれば「侘びて生きる」こととどこかでつながっているような気がします。考えすぎですか…。
超個人主義ともみえる"侘び"とあまねく世を統べる"経世済民思想"が意外なところで結びついていたという話は、ぼくにとって近頃インパクトがあり、もう少し掘り下げて考えて見たいとも思っているところです。

投稿者 庵主 : 2006年06月16日 16:45

埼玉県の長谷川です。
経世済民の思想をまとめる上で参考にさせていただきます。
と申しますのは、創価学会の池田SGI会長が今年のSGI提言等(聖教新聞紙上)で混迷する経済について述べる時に、この
経世済民の思想を使っているからです。
また、私の郷里山形県南陽市(赤湯)の偉人「結城豊太郎」氏
(大蔵大臣・日銀総裁、昭和26年没)および松下幸之助氏も
この経世済民の思想を己の経済思想の根幹としていたようです。また、前述の「SGI提言」の内容は、創価学会のホームページを呼び出せば、そこから取り出せます。
では、大変ありがとうございました。

投稿者 長谷川修一 : 2009年04月22日 17:34

長谷川様

コメントありがとうございます。
ご指摘のように各界リーダーの方々がよりどころとした
「経世済民」思想。ところがこの「経済」という言葉が、マネーやビジネスだけを指す言葉として、誤用された上、独り歩きしている現状はいかが、と思っています。
もう一度言葉の意味が正しく理解されるといいですね。
今後ともよろしくお願いします。

投稿者 庵主 : 2009年04月24日 09:41

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