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家は洩らぬほど、食事は飢えぬほどにてたる 【言の葉庵】No.4

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┣┫OW┃O         ただそのまま、あるがままの幸せ 2006.2.17
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第三回目名言・名句は茶聖、千利休の「家は洩らぬほど、食事は飢えぬほどに
てたる事なり」、「叶うはよし、叶いたがるは悪しし」です。世界で自分ほど
不幸な人はいない…と嘆いている人ほど、他人から多くを望み、よそに多くを
求めているもの。たった二畳というこの世で最も小さな空間に、満ち溢れるほ
どの充実した世界観を展開した利休の侘び茶から、達人の心を学びます。日本
語ジャングルは、「書」の世界を取り上げました。書家 石川九楊が解体・分
析する、世紀の名筆に現れるさまざまな「十」の字。達人のナビで、たった二
画の無限宇宙にしばし遊泳してみましょう。


…<今週のCONTENTS>…………………………………………………………………

【1】日本語ジャングル  "永"の字に完全が眠り、"十"の字に無限が飛立つ
【2】今週の名言・名句第三回    <家は洩らぬほど、食事は飢えぬほど>
【3】凄すぎサイト           目がつぶれるほど、本を読みたい
【4】問わず語り~編集雑話            落語は「泣き」に行く

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【1】日本語ジャングル  "永"の字に完全が眠り、"十"の字に無限が飛立つ
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古今東西、カテゴリー、ジャンル一切問わず、言の葉庵が発見した日本語の
謎、秘密をレポートし、前人未到の日本語ジャングルへと誘います。
今回は、書家 石川九楊の新聞連載コラムから、奥深い"書"の世界をご紹介し
ましょう。

書の世界に、永字八法といわれるものがあります。楷書の成立とともに始まっ
たとされ、書聖、王義之書法の源とも言われています。「永」の一字、八画の
中に書写の基本法則すべてがある。すなわち、点(そく)、横画(ろく)、竪画(
ど、はね、てき)、右上がり横画(さく)、長い左払い(りゃく)、短い左払い(啄
たく)、右払い(磔たく)の八法より構成されている、とされるものです。王義
之は15年間「永」の一文字のみをひたすら書き続け、八法の原理を体得。それ
をすべての字に応用したと伝えられています。
「永」には、書のエッセンスすべてが眠っている。

それでは、書家の書く「十」の字には、何があるのか。「新十字十選」と題し、
日経新聞に書家 石川九楊の連載コラムがあり、歴代の能書・名筆それぞれの
「十」字の筆法を解明しています。
たとえば楷書体の鏡とされる初唐代、褚遂良「雁塔聖教序」にあらわれた
「十」字の筆法を九楊は、以下のように解体・分析します。

『〈十〉字の横画の起筆後、徐々に緩め、再び終筆部分に向けて加える、なだ
らかな力の諧調は、しなやかでありながら、張り詰めた麗しい横画の反りをつ
くりあげている。さらに、起筆後、力が緩み、再び終筆部付近で力が加わり、
ふっくらとした縦画の姿を生み出した力の諧調もまた見所である。いとおしい
までに美しく、いくらながめていても見飽きることがない。(中略)横画の中央
で縦画がこれを直角に横切る。これは幾何学的美学。天から地へ重力がはたら
き、縦画はまっすぐ垂直に引かれ、重力を支えるため横画より縦画は太い』
漢字の本家、中国書家の書く「十」の字は、楷書体の特徴たる、幾何学的・建
築的美学の集大成である、と読み解きます。

「雁塔聖教序」十字の画像はこちら↓
http://www.tnm.go.jp/jp/servlet/Con?processId=00&Title=%8A%E5%93%83%90%B9%8B%B3%8F%98&Artist=&Site=&Period=&FromNo=&ToNo=&pageId=F07&filmnum=20641


次に日本人の書く、「十」字は? 藤原行成「白氏詩巻」にあらわれる十は、

『右上から左回転で巻き込むように起筆した横画は、なだらかな「覆(中ほどが
上にふくらむ)」のカーブを描いて終筆に至る。(中略)そこも通過点に右回転で
次画へ向かう。紙の上を筆先が低空飛行しているため、終筆部から次なる縦画
へ向かう過程が尾を引き、左上に向かってはねのような形状を残す。第二画の
縦画の起筆部では、前画からの右回転の入筆の形状を残しつつ、力をゆるめて
送筆に向かう。送筆後半部ではやや力が加えられて肥え、わずかに右下方向に
力を抜くように終わり、紡錘状の姿をとどめる。そこには大陸式の水平と垂直
ではなく、「∽」と「Sの鏡文字」との、つまりS型のなめらかで婉な骨格が透
視できる。この微妙な波動こそは、女手(平仮名)の書法を含み込んだ新日本式
の筆触』
音訓、二つの領域に広がる日本の漢字は、ここで中国の筆法とは異なる段階に
至った、としています。

「白氏詩巻」十字の画像はこちら↓
http://www.tnm.jp/jp/servlet/Con?processId=00&ref=2&Q4=11______514__& pageId=E15&colid=B2533

西欧の十字は、払魔を象徴するキリスト教の聖クロスの印章。「十」の字の筆
法、スタイルというよりは、輪郭を縁取りしたり、先端に修飾をほどこすなど、
シンボルとして意匠を加える傾向があります。キリスト教圏において「十」は、
聖なるシンボル。かたやアジア・漢字圏では、文字・言葉・書としておそらく
書く人と同じ数だけ無限の意味とヴァリエーションを獲得することに。歴史と
民族の中で、永遠の鼓動を刻み続けることとなりました。


※『』内は、「日本経済新聞1月26日朝刊 文化面~新十字十選3 石川九楊」
「同1月30日朝刊 5」より引用。


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【2】今週の名言・名句第三回    <家は洩らぬほど、食事は飢えぬほど>
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 その5
 家は洩らぬほど、食事は飢えぬほどにてたる事なり。
 その6
 叶うはよし、叶いたがるは悪しし。
  ~南坊宗啓「南方録」覚書より。
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[解説]
 「南方録」は、安土・桃山時代侘び茶を創案、茶道大成の礎をつくった名茶
匠、千利休の茶法を直弟子の禅僧、南坊宗啓が筆録した秘伝書。利休茶道の聖
典と位置づけられています。
 その五「家は漏らぬほど、食事は飢えぬほどにてたる事なり」は、南方録冒
頭に掲げられるもっとも有名な利休の言葉。前時代東山文化の華、書院広間で
とり行われた豪華な台子の茶の湯。その茶法の正統を引き継ぎながらも、師武
野紹鷗と創意工夫を凝らし、完成をみたのが利休の草庵小座敷での侘び茶です。
台子の茶を、いわゆる「やつした」独特の美意識が、三畳、二畳の極小空間で
点前される、利休侘び茶の中心思想といってよいと思います。
 「茶の湯の根本は台子にあるが、心のたどりつくところでは草の小座敷に勝
るものではない」とする利休の真意は、冒頭文の小座敷の茶の湯の本意は仏祖
の修行をつつましくなぞらえるもの、との叙述があるにも関わらず、この「雨
漏りする家、飢える食事」が、はたして本当に粗末な破れ屋、貧しい食事を指
したものだとは決して思えません。間取りは小さくとも、床板、柱、障子紙の
すみずみに到るまで精緻な意匠をほどこした茶室。品数は少なくとも素材、調
理、配膳に吟味を尽くし、貴人、将軍にも供される懐石料理。利休茶法、この
やつしの根本精神をまず了解することが「家は漏らぬほど、食事は飢えぬほど」
の行間を読み、南方録の伝えようとした利休、等身大の実像を理解することに
つながります。

 その六「叶うはよし、叶いたがるは悪しし」は、草庵小座敷での主客、ある
べき姿を述べた率直な言葉です。利休の茶、参会の基本姿勢は一座建立(後に
は一期一会)という言葉に象徴されています。ある日、ある亭主に招かれ、あ
る茶室で二度と会えぬかも知れぬ顔ぶれにて、出会いを喜び、ただ静かに一服
の茶をともに喫する。この一生に一度、かけがえのない機会を、参会した全員
が至福の時と感じ、どうにかよい会にしたいものと互いに互いを尊重する時、
一座が建立されるのです。ところが、未熟な亭主と客とでは、粗相があっては
ならぬ、相手の意に叶おうと遣う気が、とかくしっくりしない空気をかもし出
してしまうもの。草庵の小座敷は、茶を点てるも飲むも互いに達人でなければ
成立しない、という厳しい侘び茶の道を示している一節です。互いに達人では
あっても日頃犬猿の仲の主客が偶然同席してしまった場合、どのような茶にな
るのだろう、と意地悪な想像も働いてしまいますが。

[本文抜粋]
 宗易(利休)がある時、集雲庵で茶の湯を語り、茶の湯の根本は台子の茶にあ
るものだが、心のたどり着くところでは草の小座敷の茶に勝るものではない、
と常々あったので、どのような訳かとたずねてみた。宗易は、
「小座敷の茶の湯は、第一に仏法をもって修行し、道を得ることである。家屋
の立派さ、食事の珍味を楽しむことは俗世の習い。家は雨漏りせぬほど、食は
飢えぬほどで足りるものである。これこそ仏の教え、茶の湯の本意である。水
を運び、薪をとり、湯を沸かして茶を点てる。これを仏に供え、人にもほどこ
し、われも飲む。花を立て、香をたく。皆々仏祖の修行をなぞらえ学ぶことで
ある。なおくわしくは、貴僧の悟りにて見つけるがよい」
 と答えた。


 客と亭主。互いの心持ちをいかにして通い合わせるべきでしょうか、と聞い
た。宗易は、
「しっくりと互いの心に叶いあうのがよい。されど、叶いたがるのはよくない。
道を知る客と亭主であれば、自ずから気持ちのよいものである。未熟な人は、
お互い心に叶おうとのみするので、片方が道をそれると、共に踏み誤ってしま
うもの。さればこそ、叶うはよし、叶いたがるは悪しし」
 と答えた。


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【3】凄すぎサイト          目がつぶれるほど、本を読みたい
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 言の葉庵パートナー サイトをはじめ、趣味、仕事、お散歩(?)にとても役
立つ、”凄すぎる”サイトをまとめてご紹介していきます。

 今週のタイトルは、たしかひと昔前、角川書店の社長さんの言葉が広告コピ
ーになったものではなかったか…と記憶しています。本バカや読書虫にとって
は、思わず唸った名言ですね。メルマガ読者のみなさまは、当然かなりヘビー
な読書家でいらっしゃると思われますので、今週の凄すぎサイトは「何だ、そ
んなの知ってるよ…ちっともスゴクナイ」とお叱りを受けるやも。でも庵主の
セレクトはびみょーに偏ってますので、もしご存知なければ、とあえてご紹介
の厳選4サイト。
コンビニ志向の「速読法」では、本物の本バカになってしまうので、ぼくたち
はスローフード、スローリーディングで、一期一冊と出会い、一文一句、心に
折りたたんで読んでいきたい、と思っています。以下、そのための読書ナビで
す。


松岡正剛の千夜千冊
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya.html

今、ブログで猛烈に繁殖しているカテゴリーが"読書リレープログ"。とにかく
数え切れぬほど乱立している。これらの元祖というか、雛形がこの「千夜千冊
」。スーパーエディター松岡正剛のスーパー読書アーカイブです。それこそ古
今東西あらゆるジャンルのあらゆる本がある。当初ゴールの千冊は、とうに達
成していて本日2月17日時点で1110夜。とにかくこのサイトを開けてしまうと、
ついつい読み込んでしまい、キリがないので、ぼくはしばらく封印していたの
ですが、今回仕方なく"開かずの扉"をまた開けてしまったところ、メルマガ発
行が案の定一日延びてしまった…。
ジャンル、質、量問わず、読書する人なら、必ずブックマークでしょう。


隆慶一郎ワールド
http://www.ikedakai.com/

ぼくがこの仕事に進むきっかけとなった、いわば本の恩人です。葉隠を「面白
いよ、読んで見なさい」と教えてくれた、故隆慶一郎さんのオフィシャルホー
ムページ。池田会 (池田一朗=隆慶一郎、シナリオ教室)門下生が中心となっ
て運営・管理している。
全著作・シナリオ作品案内、研究、掲示板、用語集、資料室、名所案内、フォ
トギャラリーなどのコンテンツがあります。上の"千夜千冊"でも隆氏の『吉原
御免状』を、これこそ大傑作、名作として絶賛しています。時代小説、食わず
嫌いの人に是非読んでほしい。フィクションの醍醐味、物語が終わってしまう
時の喪失感をこんなにも切実に味わった作品はいままでにありません。(峰隆
一郎と間違うなよ…)


時代小説SHOW:リンク集
http://www.jidai-show.net/jdlink03.html

「かわせみ」が、「鬼平」が、「八犬伝」が…。オフィシャルではなく、常軌
を逸した熱烈な各作品、各作家のファンたちがつくる時代小説個人HPを集大成
したリンク集。戦国時代、江戸、幕末と時代別にカテゴリー分けされていて使
いやすいかも。


日本の古本屋
http://www.kosho.or.jp/index.html

AmazonにもSeven&Yにも、ほしい本がみつからない、または高価すぎて手が出
ない…という人のための、絶版・品切れ本専門の「駆け込み寺」。ここに行け
ば、お探しの本、必ずみつかります…。と、庵主が宣伝してどうする。なので
すが、今回の『山上宗二記』資料探しでは、ホントに助かりました。深謝。
ここは、全国零細古書店3000店舗が集まる、古本屋ポータル検索サイト。各店
舗、バスケットもCGIもないので、FAX注文だったりするのがご愛嬌ですが、ま
さか、こんな本が…、本当に見つかるのです!! (Amazonユーズド商品で、ン万
円も出して買うなよ…)


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【4】問わず語り~編集雑話           落語は「泣き」に行く
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「ぽっぽや」、「世界の中心で愛を」、「東京タワー」…。映画も、本も。こ
こ十年来「涙」がベストセラーのキーワードです。ストレスの多い現代社会で、
笑うことと同様、泣くことも必要なのだなあ、と思う。自分を振り返ってみる
と、歯を食いしばって、アゴを伝うほどに涙を流したことが、一体過去何回く
らいあっただろう。少なくとも大人になってからは数回、いやせいぜい一度か
二度くらいのものではないでしょうか。現代人はみな、泣くことも感動するこ
とも忘れて生きている。

さて、去年暮れに、フラッと上野のすずもと演芸場に入り、十何年ぶりに落語
を聞きました。世を忍ぶお大尽姿のねずみ小僧次郎吉が、病気の母・姉を養う
貧しいしじみ売りの少年を助ける…という演目(ごめんなさい。落語音痴なの
で噺家の名も題目も覚えていません)を聞いた時のこと。なんと、客席全員一
人残らず泣いているではないか。一つ前の演目では、会場割れんばかりの爆笑
に包まれていたのに。ぼくも、もちろんあまりに哀れなストーリーと噺家の神
に入った語りで、思わずもらい泣きしてしまいました。そもそも"語り"を元と
する落語には、笑いとともに、人情に訴える話が多い。笑いあり、涙ありが人
生なのです。世の中、欠けているものを補うように自然になっている。ぼくた
ちの日常生活に笑いはあるけど、涙は少し足りません。現代のヒットストーリ
ーはむろん、落語や古典芸能でコメディーよりむしろ人情話、悲劇が主に発達
したのは、こういうわけではなかろうか、と思うのです。大の男がぽろぽろ大
粒の涙を流すことも時には必要。でも、映画館の暗闇で、鼻をぐすぐすやって
いる若いカップルで、彼女よりも彼氏のほうが多いのは、なぜなんでしょうね
え。


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2006年02月19日 18:17

 

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