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一期一会 【言の葉庵】No.9

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┣┫OW┃O                    一期一会 2006.6.8
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 毎日顔を合わせている人だけれども、その人は、もう二度と永遠に会えない
人かもしれない…。人間は明日をも知れぬはかない存在だからです。「一期一
会」は、そうした出会いと別れの尊さをかみしめ、人と人との奇跡的なつなが
り、「縁」をなによりも大切にしようとする日本人のとっておきの名言です。
『山上宗二記』にはじめてあらわれた至言。
日本語ジャングルは、日本人の根源的なリズム、「七五調」の謎をハイライト。
今回、次回の二回にわたり徹底追究します。ぜいぜい。イベント情報は、今日
本美術界でHot、旬、完熟うれうれの「伊藤若沖」。なんと無料でみられる展示
会をご紹介。箪笥貯金は、ゴーストライター? 山崎修、最終回。ファンレター
はこの機会に、言の葉庵までどうぞ。


…<今週のCONTENTS>…………………………………………………………………

【1】日本語ジャングル  なぜ日本語のリズムは「七五調」なのか?〈前編〉
【2】名言・名句第六回                    一期一会
【3】イベント情報          三の丸尚蔵館第40回展「伊藤若沖展」
【4】エディターの箪笥貯金    ゴーストライターのひとりごと 第三回
…編集後記…
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【1】日本語ジャングル  なぜ日本語のリズムは「七五調」なのか?〈前編〉
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 とにかく。ゴロがいいんです。ピシッと決まる感じがする、七五調なら…。
「日本語のリズムは、何音でできているか?」ときかれて、「七音か五音の七
五調」と答える人が大半ではないでしょうか。俳句・和歌・短歌はむろん、
演歌、民謡、童謡、ことわざ、標語、慣用句、かけ言葉、応援歌からキャッチ
コピーにいたるまで、およそ日本人が声に出すあらゆる決め文句が、「七五調
」といっても言いすぎではありません。日本民族の血液中を脈々と流れ、遺伝
子にプリントされている、この七音と五音のリズムの正体はいったい何なので
しょう?

 さて、今回日本語千年の謎を解き明かすナビゲーションは、この著作。

『日本語のリズム 四拍子文化論』別宮貞徳 筑摩書房 2005.11 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/448008942X/249-0291854-9135550

 タイトルに、すでに正解が書かれていますね。そうです。七五調、影のフィ
クサーは、「四拍子」。まず本著、安西徹雄の「あとがき」には、こうありま
す。


 それにしても、しかし、五七調にしろ七五調にしろ、明らかに奇数の音節で
構成されているものから、一体どうして、四拍子という偶数のリズムを引き出
すことができるのか。この、まこと意表を衝く転換のカギは何なのか。休止、
間の発見にほかならない。本書を通読された読者には、今さらくどくど説明す
るまでもないことだけれども、かりに一音節の長さを八分音符で表すとするな
ら、八九ページの第8図

http://nobunsha.jp/img/shichigo1.jpg

にもあるとおり、五音節の句には一拍半の休止、七音節の句には半拍の休止を
置く。するとたちまち、キチンと四拍子を構成することになる。実に、明快そ
のものである。


 実は、「七五調起源論」、古くは本居宣長にはじまり、近代を経由し、明治
から平成の現代に至るまで、100年以上も各分野の学者、研究者に取り上げられ
てきた古くて継続したトピックスなのです。金田一晴彦、和辻哲郎、折口信夫、
外山磁比古、野上豊一郎、寺田寅彦…。国語学の専門家、第一級の学者たちが、
寄ってたかって議論しても、「これぞ」という明解な答えが得られなかった。
この間の諸家諸説経緯は、以下のページにまとめられています。

“十七音の謎 2”HP
http://www.d2.dion.ne.jp/~t_katou/onnonazo2.html

 この中の、10.11.にありますが、明治三十二年、高橋龍雄の「四拍子論」が
世にはじめて出て、「四音歩説」、「等時音律説」などを交えながら、次第に
七五調が、日本人独自の内在的なリズム=四拍子に立脚するものであることが、
確かめられるようになっていきました。

 以下、ざっと本編プロットを追ってみましょう。


1.日本人が七五調を詠むリズム

 八雲立つ 出雲八重垣 妻ごめに 八重垣つくる その八重垣を
『古事記』

 リズミカルにこの歌を読もうとするとき、われわれはけっして、ずるずるべ
ったりには読んでいないことに気づく。つまり、リズムを解くかぎは、切れ目
にあるということになる。では、どのように切って読んでいるだろうか。
 もちろん、「ヤク モタ ツイ ヅモ」のように、でたらめに分断している
わけはない。切るべきところで切り、続けるべきところは続けながら、切って
休むその長さはけっして気分しだいのでたらめではなく、そこに一定の法則が
ある。いつどこで読んでもだいたい一定しているし、まただれが読んでもほと
んど変わりがない。
「八雲立つ」と、全体の主題の提示のような形で歌い出し、そこでまず一息入
れる。第三句の「妻ごめに」のあとでも一休みする。また、第四句の「八重垣
つくる」のあとにも、第一、三句のあとほどではないがちょっと間を置いてい
る。そればかりではない、第一句の「八雲」と「立つ」のあいだ、第二句の「
出雲」と「八重垣」のあいだにも、心もち間が置かれているらしい。今、その
切れ目まで示して書けば、この歌は次のようになる。


 ヤクモ・タツ・
 イヅモ・ヤヘガキ・ツマゴメニ・
 ヤヘガキツクル・ ソノヤヘガキヲ


 さて、ここでまず、日本語のきわだって大きな特徴を一つあげておこう。日
本語は、どの音(音節)もほぼ同じ長さ(時間)で発音されるのである。これを等
時性という。「ヤ」も「ク」も「モ」もすべて同じ。あたりまえのように思う
かもしれないが、普通のヨーロッパ語ではぜんぜんそんなことはない。
 そして、撥音(はねる音)、促音(つめる音)、長音(引く音)がみな一つの音節
としてかぞえられることも、日本語独特である。ローマ字で表記するときには、
はねる音はNを使い、つめる音は子音を重ね、引く音は、母音の上に横棒を書
いたり母音のあとにHを入れたりするが、外国人がそれを読めば、音節が長く
なるだけで少しもふえたことにはならない。たとえば「万金丹」は日本語で六
音節だが、MAN-KIN-TANは三音節(中略)。
 そこで「八雲立つ…」について考えると、たんに字数(いいかえれば音数)を
取るかぎり、五音句と七音句の時間の比は、等時性の原理によって五対七にな
るはずだ。しかし、実際には、先ほど述べたような間が入っている。さて、そ
の結果はどうなるか。
 あとでくわしい実験結果を明らかにするが、これを読むときに―どんな短歌
でも同じ―われわれは、各句にほぼ同じ時間をかけているのである。そこで、
「ヤクモ・タツ・」と「イヅモ・ヤヘガキ」の時間が同じなら、「タツ」のあ
との・は音(字)二つぶん、また「ツマゴメニ」のあとの・は三つぶんでなけれ
ば勘定が合わない。「ソノヤヘガキヲ」のあとにも一つぶんの・があるにちが
いない。・一つを一字ぶんとみれば、結局どの句も八字ぶんの長さをもってい
ると推定される。つまり、五七五七七といいながら、時間的な長さにすれば八
八八八八ということになる。音符を使って記録すれば、第一図

http://nobunsha.jp/img/shichigo.jpg

のとおりで、これはまさしく四拍子にほかならないではないか。

2.日本語は二音節で一つの単位になっている。

 日本語は二音節ずつ一つにまとめて組み立てられていることが特徴である。
なぜ二音節が一単位になるのか、その理由は、はっきりとはわからないが、金
田一晴彦氏のいわれるように(『日本語』岩波新書)、日本語の音節があまりに
も短いためでもあろう。たとえば、ここでたびたび出てきたリズム(rhythm)と
いう言葉は、英語では一音節である。スタートは、日本語では四音節なのに、
原語(start)では一音節。(中略)日本語の音節はおそろしく短い。そして、前
にも触れたように、どの音節もほぼ同じ長さ(時間)に発音される。つまり、等
時性をもっている。
 二音節が一単位ということは、身近なものの名前を思い浮かべただけでもわ
かる。山、川、空、土、父、母、春、夏、人、家など。基礎的な名詞は、たい
てい二音節語である。これは、二音節が日本語ではいちばん自然な、発音しや
すい単位であることを物語っている。

 これに反して一音節の言葉は非常に少ない。(中略)…一般的に、一音節は聞
き取るのがむずかしく、理解しにくい。(中略)
 このとおり、われわれは一音節の言葉をきらっていて―あるいは苦手として
いて、だいたいその数が少ないばかりでなく、使うばあいにも、ほかの言葉を
つなげたり、音を重ねたり、延ばしたり、なんとか多音節にしようと苦心して
いる。

 二音節一単位の原理の端的なあらわれは、日本語に非常に多い略語である。
日本人はあまりに長い単語もきらいで、すぐに略語を考えだすが、その方式は
二音節を二つ重ねることにだいたいきまっている。大学卒業は「ダイ・ソツ」、
国民体育大会は「コク・タイ」(中略)、外国語の省略はとくにはげしい。とい
うのも、先ほど述べたとおり、外国語は日本式に発音すれば非常に音節が多く
なり、そのままでは日本人の使用にたえないからだろう。「エン・スト」「ハ
ン・スト」「全スト」「パン・スト」…。

 さて、二音節一単位というのは、けっして一つの単語の音節数についてだけ
いわれるのではなく、長い音節の言葉あるいは文の読み方についても同じで、
歌のリズムの解析には、それが大きなモーメントになる。

 まず、一つの単語についていえば、たとえば、「桜」「紅葉」は、それぞれ、
|サク|ラ|、|モミ|ジ|と発音される。「紫」は|ムラ|サキ|、「紅」
は|クレ|ナイ|である。外来語も同じことで、「クリスマス」は、|クリ|
スマ|ス|になる。(中略)
 念のために申し添えると、|サク|ラ|、|ムラ|サキ|と分けて書いたが、
縦線のところで切ったり休んだりするわけではない。ただ、そこで切れるよう
な感じに読むだけ。おもてにはあらわれない感覚、リズムのとらえ方の問題で、
それを表記上、縦線で示しているのにすぎない。(中略)

 次は、二つ以上の単語が結びついた結合語。二音節語が二つ重なった言葉は、
ぜんぜん問題ない。前に、そういう言葉が身辺にはたくさんある話をしたけれ
ども、たとえば、|ダイ|コン|、|ニン|ジン|、|カナ|ヅチ|のように、
単純に二つを分けてしまえばいい。問題は、奇数音節語がまじっているばあい
である。一音節、二音節、三音節、あるいはそれ以上の組み合わせがいろいろ
あって、ややこしいが、まず基本的には、頭から二つずつまとめていく法則が
あると思っていてまちがいない。(中略)

 一音節と二音節の組み合わせは、「子供」=|コド|モ|、背中=|セナ|
カ|、歯ぐき=|ハグ|キ|、小川=|オガ|ワ|になる。意味上のつながり
はまったく考慮されない。(中略)

 一音節と三音節の組み合わせも同じで、「手袋」は|テブ|クロ|、歯並び
は|ハナ|ラビ|、夜桜は|ヨザ|クラ|で、けっして意味のつながりに従っ
た、|テ|ブクロ|、|ハ|ナラビ|、|ヨ|ザクラ|にはならない。(中略)

 一音節語がうしろへ回って、三音節プラス一音節ならどうなるか。桜づくし
でいくならば、「桜葉」=サクラバ、桜井=サクライ。(中略)

 三音節に二音節が結びついたものは、ひじょうに数が多いが、また桜づくし
でいくとして、「桜草」「桜色」「桜餅」はどうだろう。|サク|ラソ|ウ|、
|サク|ライ|ロ|、|サク|ラモ|チ|も成立する。しかし、|サク|ラ|
ソウ|、|サク|ラ|イロ|、|サク|ラ|モチ|ともいえる。この拍の分け
方は、意味に従ったもので、かりに「意味分拍」と呼んでおこう。
 つまり、三音節プラス二音節のばあいは、音数分拍も意味分拍もありうるこ
とになる。(中略)

 三音節プラス二音節なら両方可能だが、元へ戻って、一音節プラス二あるい
は三音節のばあい、意味分拍が絶対にないことは注意してよい。これは、日本
語では、語頭、文頭に一音節の発音を置かないことを意味している。なぜそう
なったのか、わたしにも理由はからない。


 さて、日本語生来のリズム四拍子は、二音節一単位として、そのペアが四つ
集まり一小節を構成し、生まれることがわかりました。このペアは「音数分拍」
という強固なリズム原理に基本的にしばられ、意味で切れることがない、とい
うことも。
 それでは、そもそも八八八八八の「四拍子」のリズムに乗せるために、なぜ
「五音」と「七音」だけが撰ばれたのでしょうか。その秘密は、いよいよ次号
Vol.10にて解き明かされます。


→なぜ日本語のリズムは「七五調」なのか?〈後編〉へ続く。

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【2】名言・名句第六回                   一期一会
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No.11 一期一会。

No.12 上を粗相に、下を律儀に。

~山上宗二『山上宗二記 現代語完訳』能文社


第六回は、『山上宗二記』より、これらの名句を。山上宗二は、利休侘び茶を
もっともよく理解し、これを体現、実践した利休の高弟です。『山上宗二記』
は自著を残していない利休に代わり、その侘び茶の作法、茶の心を一番弟子が
正確に記録、後進に伝えたもの。

さて今回もクイズ。『山上宗二記』そのものより、ある意味有名なこれらの句、
本当の意味を調べてみましょう。


第一問 「一期一会」の正しい用法を、下より選んでください。

1. 今日の田中先生の講義は、これが最後らしい。まさに一期一会だ。
2. 今日の練習は先週と同じ顔ぶれだ。でも、一期一会でのぞもう。


[正解と解説]
 正解は、2.の「今日の練習は先週と同じ顔ぶれ…」です。「一度きりの出会
い」ととらえるならば、1.も正解に思えます。でも本当の意味は、「人と人の
出会いに、同じ組み合わせはない。決して同じ出会いはない」ということ。
哲学的になりますが、この世に変化しないものはない。時間とともに刻一刻と
人も、すべてのものも変化します。一見、固定、形式化され、不変のように見
える能と茶の最大の共通概念が、この一期一会であるとされる理由がこれ。能
の例でいえば、たとえ同じ演目・同じ演者・同じ観客であっても、気候・時間・
場・個人のコンディションなどにより、そこには著しく異なった舞台が繰り広
げられます。
 茶も同様。同じ主客の顔ぶれであっても、昨日と今日、同じ茶になることは
ありえない。生涯に一度、今この瞬間は二度とない。ましてや、利休の時代は
戦乱のただなか。今、目の前で茶を喫する客人も、明日は戦陣。ふたたび相見
える保証はどこにもないのです。二度とない、どんな大名物よりも貴重な、輝
くこの一瞬を、ともにもてたことに感謝し、静かに一椀をまわしあう。今生の
別れの客人をぞんざいに遇する人などいるでしょうか。
「一期一会」は、毎日会う人をこそ、大切にせよ、と教えてくれます。


[本文抜粋]
 客の振る舞いこそ、一座建立の要である。細部にわたって秘伝の多いもの。
初心者のため、その意義を紹鷗は語り伝えた。ただし、当時このように教え
ることを宗易は嫌ったもの。それで、夜話のついでにぽつりぽつりと語ったの
である。一番大事なことは、朝会夜会に寄り集まった間合いであれ、道具披き、
口切の茶会はいうにおよばず、普段の茶会であっても、露地に入り、露地より
出づるまで、一期に一度の会と思い、亭主を畏敬することである。世間話は無
用。夢庵の狂歌、

  わが仏 隣の宝聟(むこ)舅(しゅうと) 天下の軍(いくさ) 人の善悪

 この歌にて心得るべきである。もっぱら茶の湯の事、数寄談義を語るべし。

第二問 「上を粗相に、下を律儀に」の正しい意味は?

1. 上役とは一線を引き、目下を大事にすることで道が開けてゆく。
2. 上位のもの(人)は適宜あしらい、下位のもの(人)に、細かく心をくだくべし。


[正解と解説]
 宗二記「茶の湯者覚悟十体」の内の第一項目にあることばです。この句のあ
と、「これを信念とする」とあります。
正解は2の「上位のもの(人)は適宜あしらい…」です。もとより侘び茶の精神は、
出世、栄達とはなじみません。この句の「上」「下」の対象を「人」とだけとら
えると解釈を誤ります。利休、宗二には権力におもねる気など毛ほどもありませ
ん。同じ章に「われより上の人と交わるがよい。人を見知って伴うものだ」とあ
り、これら二つの句を「人」ととらえると矛盾し、混乱してしまいます。
 ここはまず「もの」とします。
 村田珠光のことば、「藁家に名馬繋ぎたるがよし」(宗二記「師に問い置いた
秘伝と拙子の注」より)。そして、「追加十体」にある「名物を用いて、粗相に
見えるように点前することが大切である」。これらの句では、名品・名物をわざ
と雑に扱い、”やつす”ことに侘び茶の根本精神を説いています。「上を粗相に、
下を律儀に」は、まず茶道具=ものの扱いとする。「上位の名品は粗相に見せ、
通常の道具をとり合わせ、心をこめ真剣に点前せよ」が、第一番めの意味。
 次に対象を「人」へと転じる。
 しかし、ここは言葉どおり「上等な客を雑に扱い、身分の低い客を手厚くもて
なす」とはなりません。そもそも、にじり口より頭を下げて席入りする客に、侘
び茶は差別しません。つい貴人や権力者にはおもね、下等な客人を見下そうとし
がちな心をいましめるものです。その心理バランスをとる極意として、内心に「
上を粗相に、下を律儀に」。こう唱えるべし。これが、この句の真意です。「粗
相に」がものを連想させ、「律儀に」が人を連想させる。これが最初のつまずき
の石でした。
 名句は味わい深く、短い句に多義的な意味がこめられており、解釈が一筋縄で
はいかない好例といえるでしょうか。


[本文抜粋]
 茶の湯者覚悟十体

一 上を粗相に、下を律儀に。これを信念とする。

一 万事にたしなみ、気遣い。

一 心の内より、きれい好き。

一 暁の会、夜話の会の時は、寅の上刻より茶の湯を仕込む。

一 酒色を慎め。

一 茶の湯のこころ。冬・春は雪をこころに昼、夜ともに点てる。夏・秋は初
夜過ぎまでの茶席を当然とする。月の夜は、われひとりであっても深更まで釜
をかけおく。

一 われより上の人と交わるがよい。人を見知って伴うものだ。

一 茶の湯では、座敷・露地・環境が大事である。竹木・松の生えるところが
よい。野がけには、畳を直に敷けることが大事となる。

一 よい道具を持つことである。(ただし、珠光・引拙・紹鷗・宗易などの心に
掛けた道具をいう)

一 茶の湯者は、無芸であること一芸となる。紹鷗が弟子どもに、
「人間六十が寿命といえども、身の盛りはわずか二十年ほどのこと。絶えず茶
の湯に身を染めてはいても、なかなか上手になれはせぬ。いずれの道でも同じ
である。まして他芸に心奪われては、皆々下手となってしまおう。ただし、書
と文学のみ、心にかけよ」
 といわれた。


山上宗二記はこちら↓
http://nobunsha.jp/book/post_15.html

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【3】イベント情報         三の丸尚蔵館第40回展「伊藤若沖展」
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 今回は、宮内庁主催の「伊藤若沖展」(入場無料)、「こしがや 能を見る会
~平家の人々」と「横浜能楽堂開館10周年記念公演~江戸大名と能・狂言」を
ご紹介。


1.三の丸尚蔵館第40回展「花鳥-愛でる心、彩る技 <若冲を中心に>」。
《初級》

現在、日本画ブームを巻き起こしている江戸時代中期の画家・伊藤若冲(1716~
1800)。その代表作「動植綵絵」30幅を、平成18年3月25日(土)より、9月10日
(日)まで五回に分けて、半年間長期連続公開していく展示会です。太っ腹なこ
とに、なんと入場無料。とにかく、スケール、クオリティ、超細密技術、どれ
をとっても世界でも超一級の作品。また、当美術館のある大手町 三の丸公園
は、広大な芝生が美しく、なごめるとてもきれいな公園です。あまり知られて
いないので、土日も空いていて穴場!ぜひこの機会にお弁当もって行って見ま
しょう。
http://www.kunaicho.go.jp/11/d11-05-06.html


2.「こしがや 能を見る会~平家の人々」第四回《中級》

こしがやの美しい庭園花田苑に隣接する、こしがや能楽堂。
http://www.interq.or.jp/ox/atn/hanadaen.html
本年の「こしがや 能を見る会」第四回は、平家公達夫婦の悲哀をつづる名
曲「清経」です。平成五年築の新しい舞台ですが、昔ながらの野外舞台。白
洲をはさんで桟敷席から拝見できる由緒正しい設計の能舞台。落日とともに
いにしえの美しく悲しい平家ストーリーを満喫してください。
http://www7a.biglobe.ne.jp/~kotengeinou/heike.htm


3.横浜能楽堂開館10周年記念公演~江戸大名と能・狂言《中級》
今年10周年をむかえる「横浜能楽堂」。
 http://www.yaf.or.jp/nohgaku/
 
 記念公演は「江戸大名と能・狂言」。第一回企画公演は、8/5(土)「江戸城
の謡初」。江戸城の広間では、恒例の儀式として正月に将軍をはじめ諸大名
が列座して「謡初」が行われました。小謡、居囃子と続き、三流儀の宗家が
一勢に「翁」を舞う「弓矢立会」で終わる特殊な上演形式の「謡初」の様子
を舞台上で再現します。他では見ることのできない10周年ならではの特別企
画。
http://www.yaf.or.jp/nohgaku/prog-2.html#edo

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【4】エディターの箪笥貯金    ゴーストライターのひとりごと 第三回
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 みなさんこんにちは。ゴーストライターの山崎です。

 今回は、ぼくがどんな道具を使って原稿を書いているかについて、お話しし
ましょう。

 現在では世の中の本の98%がDTP(デスクトップパブリッシング)、つまり
パソコンで作られるようになりましたが、それまでは写真植字、さらにその前
は鉛活字を拾って文字を組んでいました。そのころは原稿用紙に手書きで原稿
を書くのが当たり前で、当然のことながら、ぼくらも原稿用紙に文字を書く作
法から教わりました。

 文筆に携わっていない方に「原稿用紙」と言うと、文房具店で見かけるコク
ヨの四百字詰め原稿用紙を思い浮かべる方が多いと思います。しかし当時の出
版業界には、いろいろな種類の原稿用紙がありました。

 たとえば、ぼくが所属していた雑誌の編集部では、四百字詰めよりも二百字
詰めが一般的でした。B5サイズに20字10行のマス目が印刷されているもので、
雑誌業界ではこれのことを「ペラ」と呼び、四百字詰めのほうは「四百」と呼
んで区別していました。したがって、原稿を依頼するときも「四百で20枚」と
か「ペラ15枚」という言い方でした。

 また、新聞社や週刊誌の編集部には、変則的な原稿用紙がありました。新聞
の一段に相当する字数のところで太い線の引いてあるものなどはその代表例で、
よく使う字詰め数種類の線が引いてある原稿用紙は、部数の大きな雑誌の編集
部に行けば、たいてい見ることができたものです。

 ワープロ専用機が普及すると、ライターの仕事は急速に手書きから機械入力
へと変わりました。作家さんは自分のスタイルで仕事をしても文句は言われま
せんが、いくらでも代わりがいるライターは、編集部の指示に従わないと職を
失います。こうして、ぼくらの書く原稿はすべてワープロ原稿となりました。

 初めのうちはワープロ原稿をFAXで送るのが主流でしたが、次に「フロッピー
送り」となり、ついには「メール送信」が当たり前になります。それと歩調を
合わせるように、ワープロ専用機からパソコンへのシフトが進みました。すぐ
れたライターが「キーボードアレルギー」のために業界を去ることも、珍しく
ありませんでした。

 今ではパソコンの使えないライターは、まったく存在しません。インタビュ
ーの速記がメールで送られてくる時代ですから、パソコンを使うのは当然のこ
と、代表的なワープロソフトや表計算、写真加工ソフトなども使えなければな
りません。さらには、情報収集のためのインターネット検索技術も、ないと競
争に勝てない時代になりました。

 ぼく自身は、幸いなことに編集者時代、パソコンを趣味にしていたおかげで、
この変化で困ることはありませんでした。今でもキー入力の速度では、若いラ
イターに負けないと思います。ちなみにぼくはローマ字入力とカナ入力の両刀
使い。他人のパソコンを借りるときは設定通りのローマ字で打ち、自分のパソ
コンはカナで打ちます。カナのほうが長い文章を書くときに疲れないからです。
たぶん、頭の中でローマ字変換する作業が不要だからでしょう。

 いまこの原稿を書くのに使っているのは、マッキントッシュ(通称「Mac」)
のG5という大きなマシンです。ライターの仕事だけでなく、編集の仕事をする
こともあるため、印刷業界で標準となっているMacを使うほうが何かと便利です。
Windowsも持っていて、そちらで原稿を書くこともありますが、最近はもっぱら
Macです。

 ディスプレイは大きめの23インチ液晶。シネマスクリーンという、横長のタ
イプです。これだとインターネットの資料を見ながら原稿を書いたり、雑誌な
どのレイアウトを参照しながら文字数を合わせて原稿を書くのに便利です。
「大きい画面に慣れると、小さいのには戻れない」と言いますが、まったくそ
の通りで、ノートパソコンの画面では窮屈で仕事にならなくなってしまいまし
た。

 ゴーストライターとして、書籍の原稿を書くときは、マイクロソフトのWord
を実際の本と同じ字詰め・行数に設定して、縦書きで書きます。改行の位置や
小見出しの場所を考えるときに便利だからです。それと、横書きの文章と縦書
きの文章では、微妙に印象が違うということもあります。

 仕事に入ると、キーボードの横に取材ノートを広げ、インタビューしたとき
のことを思い出しながら、ひたすら文字をつづり続けます。画面には必要に応
じて資料となるインターネットの情報や、著者からいただいた文書を並べます。
そうして、10ページほど書いてはメールをチェックしたり、自分のブログを更
新したりして気分転換をします。ゴーストライターの仕事は、こうして進めら
れていくのです。

 以上、短い間でしたが、ゴーストライターの仕事を駆け足でご紹介しました。
みなさんが実用書を手に取られるとき、目次や奥付で「編集協力・○○○」と
いうクレジットを目にしたら、ゴーストライターが活躍した本かもしれません。
身近に感じていただければ幸いです。


■プロフィール■
山崎 修(やまざき おさむ)
1956年東京都生まれ。学習院大学理学部化学科卒。平凡社「太陽」編集部を経
て、1997年に独立。現在は有限会社悠々社
http://www.yuyusha.co.jp/
代表として、出版界で活躍中。著書は『もーイヤだ、こんな会社辞めてやる!』
(ゴマブックス刊)。


……………《編集後記》………………………………………………………………

 先日、某名物茶器展の講師をした。「利休と茶道具」のお題だったのです
が、お客様はほぼ熟年女性100%。お昼を召し上がった直後なので、みなさん
眠そうにお聞きになっていたのですが、利休の後妻のエピソードになった途
端、たちまち起床、反応・質問開始。「先妻は誰?」「その香炉はどのくらい
の大きさ?」「千鳥の足ってどの部分?」…。女性にとって、偉人・著名人そ
のものよりも、なぜか配偶者の話題は興味深々、とてもウケがいい。ちなみ
に、家人はテレビも見ず、芸能界音痴なのに、「ああ。×××の奥さんって、
こないだ交通事故にあったのよね」などと、×××すら知らないぼくを戸
惑わせるのが大好きだ。当庵も女性読者開拓・促進のため、額田王・建礼門
院・お市の方・淀君・森侍者なんどを特集しようかと本気で計画していると
ころ。(言)

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【言の葉庵】へのご意見、ご感想、お便り、ご質問など、ご自由に!
 皆さんの声をお待ちしています。Good!の投稿は次号にてご紹介いたします。
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2006年06月11日 11:19

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