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大きな死人が浜にあがる話 【言の葉庵】No.30

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┣┫OW┃O          今昔物語は中世の東スポである 2008.8.3
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 「大きな死人が浜にあがる話」「蕪とまじわって子ができる話」「まちがっ
て魂が他人にはいる話」…。今回のジャングルは、奇妙奇天烈、中世の超面
白スポーツ新聞、『今昔物語』をご紹介します。連載葉隠は「忠」第二回。
会社や仕事に倦んだサラリーマンに、がつんと効きます。言の葉通信では、
秋の特選おすすめブック、メディア掲載情報などをいち早く(でもないか?)
お届け!朝夕の涼風にトンボが訪れ出しました。すいすいと元気に猛暑を乗
り切ってください。

…<今週のCONTENTS>…………………………………………………………………

【1】日本語ジャングル          今昔物語は中世の東スポである
【2】連載葉隠 No.6                   「忠」第二回
【3】言の葉通信          一日体験講座『能楽タイムズ』に掲載
…編集後記…
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【1】日本語ジャングル          今昔物語は中世の東スポである
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 「今は昔…」ではじまる『今昔物語』。平安末成立、全三十一巻、千数百話
収録、わが国最大の説話集といわれています。学校の教科書で芥川龍之介の
「羅城門」や「芋粥」読みましたよね。「仏教史観により語られる中世物語」
「繊細華美な王朝文学に対する、雄渾な男性的文学の暁鐘」などと評されて
いますが、実は、これほど興味本位、猟奇的かつ奔放な逸話を集めた庶民感
覚の文学は他に類を見ないほどのものなのです。現代で言えば、さだめし女
性週刊誌やスポーツ新聞なみか。まず、その見出しだけでも一部ご覧ください。


大力の僧が賊をいじめる話
蛇と力競べをした相撲人の話
田んぼの中に人形を立てる話
碁の名人が女に負かされる話
蛇の婚いだ娘を治療する話
地神に追われた陰陽師の話
朱雀門の倒れるのを当てる話
無学の男がわからぬ歌に怒る話
鷲に赤んぼを取られる話
蕪とまじわって子ができる話
百足と戦う蛇に加勢する話
無人島に住みついた兄妹の話
犬の鼻から蚕の糸が出る話
雨宿りして金持ちになる話
芋粥を食って飽きる話
下女に打ち殺された武士の話
水の精が人の顔を撫でる話
怪しのものが御燈油を盗む話
鬼のため妻を吸い殺される話
寝ている侍を板が圧し殺す話
嫉妬心から妻が箱をあける話
死んだ妻とただの一度逢う話
同じ姿の乳母が二人もいる話
応天門の上で青く光る物の話
産女の出る川を深夜に渡る話
屈強の侍どもが牛車に酔う話
大事な場所で一発鳴らす話
鼻を持ち上げて朝粥を食う話
米断ちの聖人が見破られる話
尼と木伐が山中で舞を舞う話
猫におびえた腹黒い大夫の話
亀に抱きつき唇を食われる話
胡桃酒を飲んで溶けうせる話
盗賊から身の災難を教わる話
羅城門の楼上で死人を見る話
大江山の藪の中で起こった話
丹波の守が胎児の生胆を取る話
新羅の国で虎と鰐とが闘う話
助けられた猿が恩を報じる話
葦を刈る夫にめぐりあう話
信濃の国にあった姨捨山の話
海松と貝によって縁を戻す話
別れた女に逢って命を落とす話
道に迷って酒泉郷を訪ねる話
馬に化身させられた僧の話
死んでも舌が残った僧の話
岩と化した尼さんを見る話
女の執念が凝って蛇となる話
京の町で百鬼夜行にあう話
鬼の唾で姿が見えなくなる話
僧の稚児さんが黄金を生む話
銅の煮湯を飲まされる娘の話
密造した酒の中に蛇がいる話
木の梢に現れ給うた仏の話
まちがって魂が他人にはいる話


 いかがですか?それではその中から一話、ご紹介です。


大きな死人が浜にあがる話

 今は昔のこと、藤原の信通の朝臣と呼ばれた人が、常陸の守としてその任国
にあった時に、たまたま、任期の果てる年の四月ごろ、風が物凄く吹いて海が
荒れた晩に、某の郡の東西の浜というところに、大きな死人が打ち寄せられた。
 死人の丈の長さは、五丈(註 約15m)あまりもある。砂の中に半分ほど埋まっ
ていたが、役人が馬の背に乗って、向こう側から近寄ったのが、わずかに手に
した弓の先だけが、こちら側から見えた。もってその大きさが知れよう。死人
は首から上が切れていて、頭はなかった。また、右の手、左の足もなかった。
鰐かなんかが食い切ったものであろう。もしも、それが五体満足であったとし
たなら、さぞや驚くべきものであったに違いない。また、俯向きに寝ていたか
ら、男であるか女であるかもわからない。けれども、身体の格好や肌つきなど
は、女のように見えた。
 国じゅうの人が、ふしぎな死人だというので、見物は引きも切らず、みなみ
な大騒ぎをした。また、陸奥の国の海道というところにいた、国司の某という
人も、とんだ大きな死人が浜にあがったと聞いて、わざわざ使いの者を出して
検分させた。砂に埋もれて男女の別もつけがたいが、多分女であろう、と見た
のに対し、見物の名僧などの意見は、
「われらの住む世界のうちに、このような巨人の住むところがあるなどとは、
仏の御言葉にもありませぬ。もしや阿修羅女(鬼女)などではありませぬかな。
肌などもすべすべして、いやどうもそのような気がする」
 などと疑った。
 ところで常陸の守は、
「これはついぞ見ぬ珍事であるから、お上にさよう申し上げずばなるまい」
 と言って、今にも報告を持たせて、使いを京にのぼせようとしたが、下につ
いている者たちは、
「もしも報告がお上に届けば、官使がおくだりのうえ、七面倒くさい調査があ
るのはきまったこと。そのうえ、官使の一行には、たいそうなもてなしをしな
ければならず、いっそのこと黙って知らぬ顔をしたほうが、都合がいいのじゃ
ないでしょうか?」
 と口々に言ったので、守もその気になり、報告は取りやめにしてしまった。
 一方、この国に、某といわれる武士があった。この巨人を見て、
「もしもこんな巨人が攻め寄せてきたら、何として防ぐ?いったい矢が立つも
のかどうか、ためしてみよう」
 と言って、矢を放つと、矢は深くその身体に突き刺さった。これを聞いた人
は、
「用心のいいことだ」
 と言ってほめた。
 ところでこの死人は、日がたつにつれて腐ってきたので、あたり十町二十町
の間は、人も住めず、逃げ出した。よっぽど臭かったものであろう。
 この話は初め隠してあったが、常陸の守が京にのぼってから、いつのまにか
人に知られて、このように語り伝えられたものである。

(巻三十一 第十七話)『今昔物語』ちくま文庫


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【2】連載葉隠 No.6                   「忠」第二回
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 毎号、葉隠全千三百話の中から、日本精神を象徴する任意のテーマを設定。
珠玉の名段落をピックアップしてご紹介する連載コーナー。今回は、テーマ
「忠」の第二回です。
 

聞書第二 六三 
 ただ一言が忝なくて腹を切る志は発るものなり。

 何の徳もなく、大した奉公も成せず、戦の先鋒も勤めたことはないが、若い
頃よりひたむきに、
「殿のただひとりの家臣はわれなり。武勇もわれひとり」
 と骨髄に徹し、思いつめてきたゆえであろうか、どのような利発人、ご用に
立つ人にも、奉公では一歩も譲ったことはない。かえって諸人の引き立てに、
かたじけなく思っている。ただ殿を大切に思い、何事にあれ、死狂いの働きを
するのは、われただひとりと内心に覚悟をきめただけのことである。
 今こそ言おう。ついに誰にも話さなかったことだが、一念が天地を動かした
ゆえか、人にも認められるようになったのだ。ご子息の方々をはじめ、ご一族
の皆様方のご好意をまことにありがたいことと思っている。直接奉公する、せ
ぬに関わらず、譜代の家臣が主人を思うことは勤めを果たすにあたり、品位が
必要である。知行の加増や金銀の過分な拝領は、ありがたいことではあるが、
それよりも主人のただ一言がかたじけなく、腹を切る志もそこから生まれるも
のである。
 火事お仕え組として、江戸へ御書物役が遣わされることになった時、自分を
指名され、
「若い者がよい。この者、供に申し付ける」
 と仰せ出だされた時、たちまち身命を捨て去る心になったものだ。また大坂
にて夜具と布団を拝領し、
「私用で召し使う者に、公然と加増はしにくいもの。志と思って受け取ってく
れ。年寄どもには言う必要はない」
 と言われ、ああ、これが一昔前ならば、この布団を敷き、この夜具をかぶっ
て追腹仕ったものを、と骨髄に沁み、ありがたく感じたものだ。


[鑑賞]

 『葉隠』の実質的著者、山本常朝の主君は鍋島二代藩主光茂。常朝は「御
歌書役」として光茂の側近く仕えました。古今伝授を受けたほどの「歌好き」
の主君に、いわば趣味の分野で仕える仕事。光茂も公務とはいえ表向き、政
務の職分ではないので、いくら重宝に思えども大々的に加増はしにくい。そ
こでひそかに呼び出し、自分の使用している「夜具」を褒美に与えたのです。
夜具とはいえ当時の大大名の衣服や身の回り私用物は、金糸や絹をふんだん
に使用したとてつもない高価なものなのです。恐らく前例になかったのでし
ょう、常朝の感動ははかりしれない。
「あはれ昔ならばこの布団を敷き、この夜具をかぶり追腹仕るべきもの」と
骨身にしみて感謝します。ちなみに追腹(殉死)は光茂自身により、寛文元年
鍋島藩ではすでに禁じられている。
前回ご紹介した、論語の「君、臣をつかうに礼をもってし、臣、君につかう
るに忠をもってす」を実践した主従の姿が目に浮かびます。
結局光茂の死去に際して腹を切れなかった常朝は出家しました。しかし、主
君危篤の報がいまだ国許よりもたらされぬ内、虫の知らせにより「何とはな
しに」急ぎ京都より古今伝授の箱を持ち帰り、光茂死去の直前に、かろうじ
て念願の品物を届けることができました。これがせめてもの常朝のご恩報じ。
いずれにしろ、家族以上に強い主従の絆が「忠」「礼」として発露した段落
ということができましょう。


聞書第三 五三 
 御槍、御手より離れ申さず候。

 隆信公の威信が世上に高まりつつあった頃。ある夜、酒宴を催していると、
庭の隅に人影が見えると女中が注進してくる。隆信公は即座に庭に出て、
「何者」
 と一喝する。
「左衛門太夫(直茂)にございます」
 と影が答え、抜き身の槍を持ってあらわれた。
「なにゆえかようなところに居るのじゃ」
 と聞くと
「世上に敵多く、油断なさるべき時節になし、と思われます。今宵酒盛りと
承り、心もとなく思い、番をしておりました」
 と返答した。隆信公、御感浅からず
「こなたで一献」
といったので、御座に通ったところ、寒夜に両手が凍え、持った槍から手が
離れなかったという。

(『葉隠 現代語全文完訳』2006 能文社)


[鑑賞]
 鍋島直茂の主君が、佐賀前領主龍造寺隆信。直茂は当時、知・仁・勇を兼
ね備えたナンバーワンの侍大将として、隆信にことのほか厚く信頼されてい
ました。
ぼくたちにとって、上は戦前の修身の教科書にでもありそうな話のように思
えますが、自分にとってもっとも大切な何か(仕事や信条、目標など)にいか
に誠実に、忠実に接することができるか、ということを思い出させてくれま
す。もはや主君のいない現代、滅私奉公や愛国心などというとアナクロニズ
ムの極みと糾弾されるかもしれません。しかし、極寒の庭上で凍りついた左
衛門太夫の手の中に、しかと握りしめられていたものは、結局300年もの間、
その子孫の手の中に代々受け継がれ、守られていくことになるのです。


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【3】言の葉通信          一日体験講座『能楽タイムズ』に掲載
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■『能楽タイムズ 8月号』に言の葉講座掲載されました。

9月17日に開講される、能狂言一日入門講座「幽玄の美、能の世界へ」(池袋コ
ミュニティ・カレッジ)の案内記事が、もっとも権威ある能狂言専門紙『能楽
タイムズ』に掲載されました。
記事はこちら

「ここを見れば、ここを聞けば」能狂言の本当の面白さがわかる、観能のマル
秘ポイントをふんだんに映像・画像・図などを用いながらご案内していく超入
門講座です。
一般の方どなたでもご参加いただける、一日だけの限定講座。この秋、新しい
こと、たとえば伝統文化などにチャレンジしてみよう…とお考えの方に最適な
内容となっています。
講座のくわしい内容・問合せ・申込先はこちら


■きっとあなたは涼しくなる…。「恐怖の超短編集」発刊!

某有名エディター(千夜千冊??)一門中、生え抜きの気鋭短編作家、Mr.タカス
ギシンタロ監修による『超短編の世界』が、創英社から発刊されました。


キャッチコピーは、「さまざまな恐怖のカタチ。58編」。
わずか数百文字に身の毛もよだつ恐怖のエッセンスをこれでもかこれでもかと
圧縮濃縮満載版。
日本ホラー小説大賞短編賞受賞作家、森山東をはじめ手錬の作家が勢ぞろいし
ました。庵主の友人でもあるシンタロ兄ィの力作。熱帯夜にクーラーを止めて、
蝋燭を灯して、ぜひ背筋を凍らせてみてください。


■訂正とお詫び
前回のメルマガ【言の葉庵】No.29、名言名句 第十七回 論語「後生畏るべ
し」の原文中、「曰く」の文字が「日く」となっていました。ここに訂正し、
深くお詫びさせていただきます。言の葉庵HPでは正しく表記されています。

……………《編集後記》………………………………………………………………

先日あまりの暑さと、スケジュールの空き時間つぶし(…失礼!)のため、良く
行く三軒茶屋の名画座で、
『ブラインドサイト ~小さな登山者たち~』

という映画を見ました。監督・俳優・原作にもまったく心当たりがなかったの
だけれども、エベレスト登頂ものなのでポスターを見て「涼しそう」と思った
こと。そしてもともと、『魔の山』『白きたおやかな峰』『氷壁』『神々の山
嶺』といった山岳小説好みであったこと、が選択の理由。
内容は、チベットに住む盲目の子どもたちがエベレスト登頂を目指すドキュメ
ンタリーです。標高8000m超の地球というよりは、もはや宇宙に近い超絶環境も
すごいが、なんといってもアクター、登場人物ひとりひとりがすごい。チベッ
トの盲学校生徒たちがメインアクターなのですが、中でも主役級の”タシ”と
いう少年が凄まじい。貧乏+盲目のため幼児の時親に捨てられる(チベット仏
教社会では、盲目は前世の悪事が原因、と猛烈に差別・排除される)。中国人
の男女が身元を引き受けるが(売られたのかもしれない)、物乞いに行かされ、
稼ぎが悪いと殴る蹴る、全身にタバコの火を押し付ける。そこを逃げ出しス
トリートチルドレンとなるが、わずかに得た小銭も目の見える連中が容赦な
く略奪していく世界。やがて、”タシ”は盲目のドイツ人女性教育者がチベ
ットに設立した盲学校に収容されます。このドイツの女性が、やはり盲目で
エベレスト最高峰に三度登頂したイギリス人男性登山家に、メールを出し、
自分の学校の子供たちをエベレストに登らせてほしいと頼む、というストー
リーです。訓練と実際のエベレストアタックで、限界に挑戦し、盲目である
ことを超克しようとする子供たちの不屈の精神がこの映画の一番の主題なの
ですが、チベット仏教社会・盲目者健常者の世界・西洋と東洋の違い・精神
と肉体のせめぎあい(発症後3時間で死に至る高山病)など、あまりに多くの課
題が複雑に絡み合い進行していくため、この映画の見どころをここでお伝え
できないのがとても残念です。ラストも能天気ハリウッド映画の安い感動と
はあまりに隔絶したもの。気安く涙なんか流せません。長くなりましたが、
おすすめの映画です。(言)

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【言の葉庵】へのご意見、ご感想、お便り、ご質問など、ご自由に!
 皆さんの声をお待ちしています。Good!の投稿は次号にてご紹介いたします。
 
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■ 編 集 言の葉庵
■ 発 行 能文社 http://nobunsha.jp/
■ 編集長 水野 聡 mizuno@nobunsha.jp 
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2008年08月06日 08:54

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