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【日本文化のキーワード】第四回 さび

 茶の湯さびたるはよし、さばしたるは悪敷と申す。

片桐石州『秘事五ヵ条』にある、茶道の名言です。茶の湯において、自然と古び良い味となったものこそ良く、意図してそのように作ったものはよくない、というほどの意。日本文化と美学において、「わび・さび」として人口に膾炙する「さび」について、今回は学んで行きたいと思います。

1.さびの定義
2.禅とさび
3.さびの歴史
4.さびと茶の湯
5.さびの名言集
6.さびの逸話

1.さびの定義

まずは現代の「さび」の美学的な定義からみていきましょう。

美的概念。閑寂ななかに、奥深いものや豊かなものがおのずと感じられる美しさをいう。単なる「寂しさ」や「古さ」ではなく、さびしく静かなものがいっそう静まり、古くなったものがさらに枯れ、そのなかにかすかで奥深いもの、豊かで広がりのあるもの、あるいはまた華麗なものが現れてくる、そうした深い情趣を含んだ閑寂枯淡の美が「さび」である。老いて枯れたものと、豊かで華麗なものは相反する要素であるが、それらが一つの世界のなかで互いに引き合い、作用しあってその世界を活性化する。「さび」はそのように活性化されて、動いてやまない心の働きから生ずる、二重構造の美とも把握しうる。(堀越善太郎)

中世に近づくに従って、本来は厭うべき感情を意味した「わび」や「さび」が、「枯淡・閑寂・脱俗」の美を表す美意識となっていきます。それは、中世に興隆した禅宗の影響により、それまで忌避すべき心の状態をこそ良しとする心の持ち方が流行したことによります。次に、禅宗の立場から見た「さび」の概略をたどってみます。

2.禅とさび

今日の茶道が、禅の精神と密接に結びついて発展したことは周知の事実。そして茶道精神のもととなる重要なキーワードのひとつが静寂であり、静寂の寂は「さび」に通じます。しかしさびは、静寂よりもその包含する意味内容が広く、深い。寂にあたる梵語のSantiは「静寂」「平和」「静穏」を意味し、また寂は仏典においては「死」、「涅槃」を指す言葉です。しかし茶の湯において、「さび」は、「貧困」「単純化」「孤絶」などのニュアンスを与えられ、その意味では「わび」と同意語とも考えられる、と禅学者鈴木大拙は指摘しています。禅の視点から見る大拙の「さび」の定義とはどのようなものでしょうか。

(日本文化の)不完全な美に古色や古拙味(原始的無骨さ)が伴えば、日本の鑑賞家が賞美するところのさびがあらわれる。古色と原始性とは現実味ではないかも知れぬ。美術品が表面的にでも史的時代感を示せば、そこにさびが存する。さびは鄙びた無虚飾や古拙な不完全に存する、見た目の単純さや無造作な仕事ぶりに存する、豊富な歴史的な連想(必ずしも現存しなくともよい)に存する、そして、最期にそれはくだんの事物を芸術的作品の程度に引き上げるところの説明しがたき要素を含んでいる。これらの要素は、禅の鑑賞から由来すると、一般に考えられている。茶室内に用いられる道具類は多くかかる性質のものである。
『禅と日本文化』鈴木大拙 岩波新書

3.さびの歴史

禅の精神的土壌を得て、単なる「古」や「拙」、「絶」から、美的概念へと進歩を遂げた「さび」。言語としての「さび」は、文芸史のなかでいつ発生し、どのような変遷をとげたのか。その動線を探ってみたいと思います。

言語としてみれば、「さび」は、「わび」と同様に、動詞「さぶ」の連用形が名詞化されたものです。「わぶ」が、そもそも人にとって貧困と窮乏を指し示す否定的な言葉であったように、「さぶ」も孤独・哀傷などネガティブな感情を指す言葉でした。しかし、和歌の世界で藤原俊成・定家などが歌合の判詞で肯定的に使用し始めたことにより、次第に文芸の分野で肯定的な意味へと変化を遂げていく。俊成を「さびの美の発見者」とする説もあります。
藤原俊成がはじめて「さび」を評語として用いたのは、嘉応二年(1170)の『住吉社歌合』。平経盛「住吉の松吹く風の音たえてうらさびしくもすめる月かな」に対して、「すがた、言葉いひしりて、さびてこそ見え侍れ」と評したのが最初でした。以来、「さび」に肯定的かつ美的な情趣を認め、積極的に取れいれていったのが、室町期の連歌であり、後の蕉門俳諧の一派です。茶道の分野においても元連歌師であった武野紹鴎の影響により、「さび」の美的価値が評価、称揚され、積極的に茶道精神の根本として取り入れられるようになっていくのです(後に詳述)。
しかし、「さび」が名詞として用いられたのは「蕉風俳論において(角川古語辞典)」であり、十七世紀後半までは、もっぱら動詞、形容詞として用いられてきました。

4.さびと茶の湯

侘び茶を大成した千利休が、「さび」についてもはじめて取り上げ、積極的に茶道精神を推進する言葉として取り入れた、とする説があります。

利休の造詣の深さを思はせるのは、茶の湯の上に寂(さび)の一字を加へた事である。珠光は茶の湯の標語として「清浄礼和」の四字を説いたが、利休は其四字を改めて、和敬清寂の四字を説いた。敬と礼とは同じ様な物だから、利休の改めたのは寂の一字である。
茶は寂である。閑寂幽玄の物さびしい中に、華美贅沢の知らない、美があるといふ意味を指示した事は、何と云つても、利休の大なる功績であつたと思ふ。この寂の一字に依りて、茶の湯は世界に類のない特殊な文化を四畳半裡に建設した。
『茶心花語』西川一草亭 昭和六年

5.さびの名言集

利休が「さび」に茶道の上席を与えて以来、巻頭石州の言のように、代々の茶人はそれぞれ「さび」の名言を私たちに残してくれました。

「茶之湯根本、さびたるを本にして致候」(江岑夏書)
「連歌は冷えかじけて寒かれと云う。茶湯の果も其如く成たき、と紹鴎常に云ふ」(山上宗二記)「名物一種もなき人は、一段きれいにさびきって珍敷」(遷林)
「さびたるはよし、さばしたるは悪敷」(石州秘事五カ条)
「是即さびたる体を専に用之也」(上同)
「茶はさびて心を厚く持なせよ道具はいつも有合よし」(利休百首)

6.さびの逸話

「さび」は今日においても、ヴィンテージ嗜好、骨董趣味として私たちの生活全般で普遍的な「美の基準」となっています。「し残したるを、さて打ちおきるは」徒然草第八十二段が、日本人の「さび=古道具嗜好」を象徴するもっとも高名な随筆ですが、今ひとしお含蓄の深い二つの逸話を紹介し、本稿の跋に代えたいと思います。


問 当世の茶人達、清くうるはしき茶碗・茶杓などに、茶染み付るとて、常々撫でさすり、垢づけさばし、古物・古作に衒なして、茶会に用ひ、或は過分の値に売買し、ひたすら古器を賞玩せられ候事はいかがに候や

答 古人の古器を賞玩せられ候趣は、上古はよろずの事質朴にしてかざらず、百の器の形もやすらかにしてわづらはしからず、物の工も疎なるに似たれどもつたなからざりし、※淳素の代をしたひ、且つ古器には一つ得あるを以て、先達の賞玩候へば、其人をしたひ其器を愛して、千金の値をも忘れられ候に、あらたなるをば衒びふるべ、或は不浄に用ひけがしたるをもいはず、取上て、えならぬ来歴を付て茶具に用ひ、初心をまよはし過分の金銭を費さしめらるるは、誠に茶筵の邪徒にて候。又、当世ひたすら古器に過て家のおとろへを招かれし輩に就て思ひ合する事の侍り。唐に、秦人ひたすら古器を好む人有り。有人、古き筵を持来り、これは※魯の哀公孔子を召して共に坐し給ふ筵なりといふ。秦人悦びて田を売り是を求む。また一人、古き竹を持来り、此杖は※大王、狄をさけて邠の地を去り給ふ時つき給ふなりと。又悦んで家財を尽して是を求む。また其後一人、碗を持来り、此碗は※虞舜の手づから作り給ふ器なり。大王・孔子は周の事なり、舜の器になぞらふべからず、といへり。秦人大に悦んで家を売り、碗を求て三つの宝とすといへども、家産尽きて時の一笑となれりといへり。しかれども、かれは聖人したふの心ふかし。いまの古器にすける人は、秦人におとりぬと覚へり。

※淳素 素朴
※魯の哀公 紀元前467年没。魯の第25代君主。孔子を重用した。
※大王 古公亶父(ここうたんぽ)。古代周王朝初代武王の曽祖父。
※虞舜 帝舜の別名。中国神話時代五帝の一人で聖人として崇められている。中国で陶器をはじめて作ったともいわれる。

『源流茶話』茶道古典全集 第三巻 淡交社


数馬(利明)が語った。茶の湯で古道具を使うのはむさ苦しい、新しい器を綺麗にして使うのがふさわしい、という衆がいる。また、古い道具は、奥ゆかしいゆえ用いるのだ、と思う人もいる。これみな間違いである。古い道具は、下賤の者も取り扱ったものだが、よくよくその徳を備えているゆえ、貴人の手にも触れるようになったものだ。徳を貴んでのことである。奉公人にも同じことが言えよう。下賤より、高位に昇った人は、徳を持っていたゆえである。しかるに、氏素性の正しくない者と同役になどなれるものか、昨日まで足軽だった者が組頭とは許せぬ、と考えるのはもってのほかの取り違えである。もともと、その地位にあった人より、下から昇った人の徳を貴んで、人々はひとしお尊敬するはずだ、とあった。
『葉隠 現代語全文完訳』能文社 2006

【日本文化のキーワード】バックナンバー

・第五回 位
・第三回 幽玄
・第二回 風狂
・第一回 もののあはれ

※「侘び」については以下参照
・[目利きと目利かず 第三回]
・[目利きと目利かず 第四回]

2009年11月15日 12:31

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