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【日本文化のキーワード】第七回 間

言の葉庵HP開設時より続くコラム「日本文化のキーワード」、今回第六回目は、「間」を取り上げました。

間抜け、間が悪い、間に合う、間がもたない、間延びする、間合い…。
普段よく耳にする、「間」ということば。ぼくたちがなにげなく使っている、この「間」が、実は日本人の生活、文化、芸術と密接にかかわり、日本文化の基底となる重要なキーワードなのです。

今回は、「間」が生まれた歴史的背景から、今日の定義、役割、実用例までを網羅し、日本人ならではのものの感じ方や美意識、価値観の根源をたどっていきたいと思います。


■「間」の歴史と定義

まずは現代の辞書の定義。『広辞苑』では以下のように説明されています。

【間】(ま)
1.物と物、または事と事のあいだ。あい。ア.あいだの空間。イ.あいだの時間。
2.長さの単位。ア.家など、建物の柱と柱のあいだ。けん。イ.畳の寸法にいう語。
3.家の内部で、屏風・ふすまなどによって仕切られたところ。ア.へや。イ.坪。ウ.へやの数を数える語。
4.日本の音楽や踊りで、所期のリズムを生むための休拍や句と句との間隔。転じて、全体のリズム感。
5.芝居で、余韻を残すために台詞と台詞の間に置く無言の時間。
6.ほどよいころあい。おり。しおどき。機会。めぐりあわせ。
7.その場の様子。具合。ばつ。
8.船の泊まる所。ふながかり。

これを文化論、美学の見地からみていくと、大きく3つに統合、整理されるという考察があります。

1.時の間
(時間・昼間・間食・間断なく・間が悪い・間髪を入れず…など)
2.距離や面の間
(空間・間隔・間口・中間・広間…など)
3.そのどちらでもない、得体のしれない間
(世間・間者・人間…など)

(『間の美学 ―日本的表現』末利光 三省堂選書1991/6)


「間」は、人と人、物と物のあいだに存在し、それらを媒介しつなぐものだといえそうです。
しかし、あいだにあるものだとはいっても、何もない空白ではなく、そこには豊潤な意味や価値が生成する、と捉える美学的な見地があります。

「間」に関する代表的な研究書、南博の『間の研究 ―日本人の美的表現』(講談社 1983)では、
「間の美意識は、時間的・空間的に切断した場合の一定の距離感によって成立する。……間は、時間的・空間的に切断された距離感が、独特の断絶によって創出された、時間でも空間でもない美意識である」
としています。このいわば“切り取られた美”を、同著に所収された『おどりのリズムと間』で、石黒節子は、次のように詩的に表現しています。

「リズム(Rhythm)という言葉はギリシア語のrheein(流れる)に由来する。一方、間(ま)という言葉はそもそも門と月という字から成り、門のとびらのすきまから月が見える様子を表す。そこからすきまとかあいだの意味を表す」

南博氏の考察に戻ると、「間」は日本人に独特の文化であるということ、そしてそれは日本人の生活意識の中で必然的に形成されていったものだ、と指摘しています。
以下、同著の論旨を箇条書きで要約しましょう。

【日本人独特の文化】
・間の文化は、〔不足主義〕〔充足主義〕という対立概念であらわされる。
・仏教が日本で普及することにより、無常観にともなって〔不足主義〕が成立。『徒然草』などの世界観が生まれる。
・芸術意識としての〔余剰〕〔余韻〕〔余白〕などの美が確立する。
・音楽や舞踏・演劇の間、武道の間などと結びついていく。
・それらが宗教から分離・独立することで、日本文化としての「間」や、生活文化としての「間」が成立した。

【日本人の生活意識の中で形成】
・日本人の生活意識の中で、対人関係・心理的な距離が関係性の調整に重要であった。
・位置取りや距離の置き方をあらわす「間」は、「程」という言葉であらわされた。
・「程がよい」は、「間がよい」ということとなる。


■中世芸道にみる「間」

何もないはずの空白、「間」に美的意識や社会的価値を積極的に見出してきた、ぼくたち日本民族。
以下、各分野より「間」の実践例をみながら、そのリアルな姿を浮き彫りにしていきます。
まず、剣聖宮本武蔵の『五輪書』より、兵法における「間」の極意に触れましょう。

「兵法のはやきといふ所、実の道にあらず。
はやきといふ事は、物毎の拍子の間にあはざるによつて、
はやきおそきといふ心也。

其道上手になりては、はやく見ヘざる物也。
たとへば、人にはや道といひて、四十五十里行くものもあり。
是も、朝より晩まで、はやくはしるにてはなし。

道のふかんなるものは、一日はしるやうなれども、はかゆかざるもの也。
乱舞の道に、上手のうたふ謡に、下手のつけてうたへば、
おくるゝこゝろありて、いそがしきもの也。

又、鼓・太鼓に老松をうつに、静なる位なれ共、
下手は、是にもおくれ、さきだつ心あり。

高砂は、きうなるくらいなれども、はやきといふ事、悪しし。
はやきはこける、といひて、間にあはず。勿論、おそきも悪しし。
是も上手のする事は、緩々と見ヘて、間のぬけざる所也。

諸事しつけたるものゝする事は、いそがしく見ヘざる物也。
此たとへをもつて、道の理をしるべし。」
(『五輪書』渡辺一郎校注 岩波文庫1991)

剣の道において、はやきこと、すなわち鋭い太刀筋は必要ない、と武蔵はいいます。
むしろ名人の技は、ゆるゆるとみえて、決して間が抜けない。「間に合う」ことが勝負を制する道であるとしているのです。
ここで武蔵は能の謡と囃子を例に取り上げていますが、能の大成者世阿弥は「間」をどのように体得したのでしょうか。

「見所の批判に云はく、「せぬ所が面白き」など云ふことあり。これは為手の秘する所の案心なり。まづ二曲を初めとして、立ち働き・物真似の種々、ことごとくみな身になすわざなり。せぬ所と申すは、その隙(ひま)なり。このせぬ隙は何とて面白きぞと見る所、これは油断なく心をつなぐ性根なり。舞を舞ひやむ隙、音曲を謡ひやむ所、そのほか、言葉・物真似、あらゆる品々の隙々に心を捨てずして用心をもつ内心なり。
 この内心の感、外に匂ひて面白きなり。かやうなれどもこの内心ありと他に見えて悪かるべし。もし見えば、それはわざになるべし。せぬにてはあるべからず。無心の位にて、我が心をわれにも隠す案心にて、せぬ隙の前後をつなぐべし。これすなはち、万能を一心にてつなぐ感力なり。」
(【言の葉庵】名言名句 第二十四回 花鏡 せぬ隙が面白き)

「せぬ隙」とは何もしないことではなく、無心の位に至り、「せぬ隙」の前後、すなわち万能(舞台にいる間の演技のすべて)を一心につなぐことである、と世阿弥は教えます。謡を切った間、舞い留めた間に演者の内面の充実が外に匂い出て、能の美があらわれるのです。


■近・現代の名人の「間」

近代、現代の舞台芸能については、名人の音源や映像の記録データが残っており、その無音・無動の“せぬ隙”に接することができます。
ここでは能、歌舞伎、落語の名人が考える「間」、実際の「間」を再現してみましょう。

まずは、能楽小鼓方、不世出の名手とたたえられた幸祥光の芸談より。

「観世(寿夫) なんでもそうでしょうけれど、特に能はやっぱり間のいい人でなければだめでしょうね。
幸(祥光) そうですね。間というのは教えても出来ない。ここはいくつですよ、なんていったって、それは誰だってわかるんだから。人にもよるんだけれど、教えなくても出来る人、教えても出来ない人、そこですよ、そこの違いですよ」
(『能と狂言の世界』平凡社 昭和四十七年)

分野を問わず、芸道上「間」は教えられるものではないようで、六代目尾上菊五郎にも、次のような言葉がありました。

「教へて出来る間は間(あひだ)と云ふ字を書く。教へて出来ない間は魔の字を書く。私は教へて出来る間を教へるから、それなら先の教へやうのない魔の方は、自分の力で索りあてることが肝腎だ」
(『芸』尾上菊五郎 改造社 昭和26年)

名人の「間」を目に見えるようにデータ化したものがあります。
落語家、五代目古今亭志ん生の音源を解析して波形化した図です。

・古今亭志ん生の落語音声波形化図


上の図が、古今亭志ん生、下が三遊亭圓生、それぞれ〈牡丹灯籠〉の同じ部分の音声波形です。下記参照ページより部分引用しました。
この形を見るだけで、あたかも名人の「間」を耳で聞いているように感じられるではありませんか。

▽参照ページ
五代目古今亭志ん生さんにおける「間」の研究


■日本画の「間」

日本の美術については、そのほとんどが「間」の芸術といっても過言ではありません。
長谷川等伯の〈松林図〉を筆頭として、尾形光琳〈紅白梅図屏風〉、〈燕子花図屏風〉、さらに様々な水墨画・山水画、〈龍安寺石庭〉などの枯山水の庭…。
これらの作品は、描かれた対象ではなく、その「間」を埋める金箔や白砂に日本の美と生命が息づいているのではないでしょうか。

日本画の「間」の美については、下記ページに概説があります。

▽参照ページ
日本美の再考 ―間の美術とイメージ


■言の葉庵HP【日本文化のキーワード】バックナンバー

・第九回 歌

・第八回 仕舞い

・第七回 間

・第六回 切腹

・第五回 位

・第四回 さび

・第三回 幽玄


・第二回 風狂

・第一回 もののあはれ

※「侘び」については以下参照

・[目利きと目利かず 第三回]

・[目利きと目利かず 第四回]

2017年02月25日 17:48

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