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名言・名句 第三回

 その5
 家は洩らぬほど、食事は飢えぬほどにてたる事なり。

 その6
 叶うはよし、叶いたがるは悪しし。

~南坊宗啓「南方録」覚書より。

[解説]
 「南方録」は、安土・桃山時代侘び茶を創案、茶道大成の礎をつくった名茶匠、千利休の茶法を直弟子の禅僧、南坊宗啓が筆録した秘伝書。利休茶道の聖典と位置づけられています。
 その五「家は漏らぬほど、食事は飢えぬほどにてたる事なり」は、南方録冒頭に掲げられるもっとも有名な利休の言葉。前時代東山文化の華、書院広間でとり行われた豪華な台子の茶の湯。その茶法の正統を引き継ぎながらも、師武野紹鷗と創意工夫を凝らし、完成をみたのが利休の草庵小座敷での侘び茶です。台子の茶を、いわゆる「やつした」独特の美意識が、三畳、二畳の極小空間で点前される、利休侘び茶の中心思想といってよいと思います。
 「茶の湯の根本は台子にあるが、心のたどりつくところでは草の小座敷に勝るものではない」とする利休の真意は、冒頭文の小座敷の茶の湯の本意は仏祖の修行をつつましくなぞらえるもの、との叙述があるにも関わらず、この「雨漏りする家、飢える食事」が、はたして本当に粗末な破れ屋、貧しい食事を指したものだとは決して思えません。

間取りは小さくとも、床板、柱、障子紙のすみずみに到るまで精緻な意匠をほどこした茶室。品数は少なくとも素材、調理、配膳に吟味を尽くし、貴人、将軍にも供される懐石料理。利休茶法、このやつしの根本精神をまず了解することが「家は漏らぬほど、食事は飢えぬほど」の行間を読み、南方録の伝えようとした利休、等身大の実像を理解することにつながります。
 その六「叶うはよし、叶いたがるは悪しし」は、草庵小座敷での主客、あるべき姿を述べた率直な言葉です。利休の茶、参会の基本姿勢は一座建立(後には一期一会)という言葉に象徴されています。ある日、ある亭主に招かれ、ある茶室で二度と会えぬかも知れぬ顔ぶれにて、出会いを喜び、ただ静かに一服の茶をともに喫する。この一生に一度、かけがえのない機会を、参会した全員が至福の時と感じ、どうにかよい会にしたいものと互いに互いを尊重する時、一座が建立されるのです。ところが、未熟な亭主と客とでは、粗相があってはならぬ、相手の意に叶おうと遣う気が、とかくしっくりしない空気をかもし出してしまうもの。草庵の小座敷は、茶を点てるも飲むも互いに達人でなければ成立しない、という厳しい侘び茶の道を示している一節です。互いに達人ではあっても日頃犬猿の仲の主客が偶然同席してしまった場合、どのような茶になるのだろう、と意地悪な想像も働いてしまいますが。

[本文抜粋]
 宗易がある時、集雲庵で茶の湯を語り、茶の湯の根本は台子の茶にあるものだが、心のたどり着くところでは草の小座敷の茶に勝るものではない、と常々あったので、どのような訳かとたずねてみた。宗易は、
「小座敷の茶の湯は、第一に仏法をもって修行し、道を得ることである。家屋の立派さ、食事の珍味を楽しむことは俗世の習い。家は雨漏りせぬほど、食は飢えぬほどで足りるものである。これこそ仏の教え、茶の湯の本意である。水を運び、薪をとり、湯を沸かして茶を点てる。これを仏に供え、人にもほどこし、われも飲む。花を立て、香をたく。皆々仏祖の修行をなぞらえ学ぶことである。なおくわしくは、貴僧の悟りにて見つけるがよい」
 と答えた。

 客と亭主。互いの心持ちをいかにして通い合わせるべきでしょうか、と聞いた。宗易は、
「しっくりと互いの心に叶いあうのがよい。されど、叶いたがるのはよくない。道を知る客と亭主であれば、自ずから気持ちのよいものである。未熟な人は、お互い心に叶おうとのみするので、片方が道をそれると、共に踏み誤ってしまうもの。さればこそ、叶うはよし、叶いたがるは悪しし」
 と答えた。
南方録はこちら


 宗易 千利休。

2006年01月08日 22:12

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