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名言・名句 第九回 柴門ノ辞 予が風雅は夏爈冬扇のごとし

 No.17
 我ガ僕落花に朝寝ゆるしけり

 No.18
 予が風雅は夏爈冬扇のごとし

~No.17宝井其角『虚栗』、No.18松尾芭蕉『柴門ノ辞』より。


No.17 我ガ僕落花に朝寝ゆるしけり

[解説]
 僕は「ヤッコ」と読む。下僕、使用人のこと。この句の前には、「花ヲ惜テ地ヲ払ハズ」とあります。白楽天「花ヲ惜テ地ヲ掃カズ」(白氏文集)に因んだ句趣。
 花の季節には強風がつきものです。前夜の嵐に朝起きると庭一面、桜の花びらが敷きつめられたよう。この風情を惜しみ、庭掃除を半刻なりとも遅らせるべし、使用人の寝坊もせめるまい、とたたずむ主人の姿がみえます。
 この句には、”伊達”と”ゆるし(慈悲)”が両立しています。
 作者、其角の実家は藩医であり、住込みの書生・使用人などの飾らぬ日常を見て育ち、こうした視点をもつにいたったのでしょう。其角は芭蕉の早い時期からの門人で江戸蕉門の中心的俳人。ことに花やかで伊達な句作を得意としました。芭蕉晩年の門人、許六は、其角の俳風があまりに師のそれとかけ離れていることを不審に思う。
「先生は其角に何を教えられたのでしょうか」
と聞いてみた。芭蕉は、
「師が風、閑寂を好んでほそし。晋子(其角)が風、伊達を好んでほそし。この細き所、師が流なり」
 と答えたそうです。後世、子規に「其角が句、とるべきものなし」と切り捨てられますが、芭蕉亡き後、ただひとり江戸蕉門を負って立ち、江戸俳壇の興隆に大きく貢献します。師の俳風とは離れてしまっても、とにかくこの地に蕉門俳諧の「伊達で細い」種は播かれたとみるべきでしょう。

 “落花の伊達”を茶の世界でみると、あまりに美意識が研ぎ澄まされており、そこには”ゆるし”の入り込む余地はありません。

さる方の朝茶の湯に、利休その外まいられたるが、朝嵐に椋の葉ちりつもりて、露路の面、さながら山林の心ちす。休あとをかえりみ、
「何もおもしろく候。されど、亭主無功なれば、はき捨てるにぞあらん」
 という。あんのごとく、後の入りに、一葉もなし。(茶話指月集)

宗易の庭に牽牛(あさがお)みごとにさきたるよし、太閤へ申し上ぐる人あり。さらば御覧ぜんとて、朝の茶の湯に渡御ありしに、朝がお、庭に一枝もなし。尤も無興におぼしめす。扨て、小座敷へ御入りあれば、色あざやかなる一輪、床にいけたり。(同)

 さらに、さる茶会で利休が客に、
「休がひぞうの花活け。ご覧じらるべきや」
 という。床に、花入はなかった。不審に思う客を露地へ導くと、みごとな大輪の椿一花、何と、塵穴に活けられてあったといいます。

 “伊達のゆるし”、むしろ武家にあるかもしれません。古今伝授まで受けた風雅大名、佐賀鍋島藩二代藩主、鍋島光茂にこんな話があります。

さる年、お雇いの身分にて堀田玄春という者が国元に滞在していた。月を詠む歌会、との趣向で光茂公が、東屋敷へと運ぶ。次の間には、玄春、藤本宗吟、恩田恕情らが列席していた。水ヶ江の方角に花火が上がったので、玄春は皆に伝えた。これを聞いた公は立って次の間へ入ってくる。玄春へ、
「その方禁令のことを存ぜぬ。ご城下において火の取り扱いは重い法度となっている。今夜のことは絶対人にいってはならぬ。外に知れてしまえば、罰せずにすむものではない。今この時から、花火を見たことは、忘れてくれ」
と注意した。玄春は感涙を流し、
「天下広しといえども、それがしが仕えたい主君は、光茂公をおいて他にはありませぬ。ご家来の端にお加えください。禄などはご料簡次第」
と願い出、召し抱えとなった。この者は前々より公儀への仕官を望んでいたので、光茂公は随身の希望を持っていたが、当人がご辞退していたのだ。さらばひとまず雇いの身分で、ということで国元に下って来ていた時のことだ。
(『葉隠』聞書五/一三 能文社2006.)

 年々歳々世の中より、“伊達のゆるし”が消失しています。それが、今の日本を身の置き所のない、息苦しいものにしてしまっている原因。ぼくたちひとりひとりが、何も考えずに、まず“ゆるし”を実行してみてはどうでしょう。それこそ、“伊達”だと思うのですが。

No.18 予が風雅は夏爈冬扇のごとし

[解説]
 この句の後に、「衆にさかひて用る所なし」としています。後期門人、許六を江戸にて約九ヶ月指導した後、国元へ帰すにあたって贈ったとされる、有名な『柴門ノ辞』からの一節です。
 「風雅」は、歌や俳諧。「夏爈冬扇」は夏の火鉢、冬の団扇。転じて、用のないものの比喩です。「衆にさかひて用る所なし」とは、民衆の求めに反して、役に立たぬものの意。
 下に全文を掲げましたが、才能あふれる新しい門人を称揚し、反面己の俳諧を卑下していったもの。芭蕉お得意の人を喜ばせる挨拶文です。しかし、単に己を貶めるだけではなく、後半では、気高い名文にて蕉門俳諧文芸の真髄を、新しい門人にさらりと伝え、導いています。新人、許六を暖かく迎えると同時に、
「俳諧を真摯に追い求めるなら、飯の種にしてはならぬ。一見役に立ちそうなものは、本当は何の役にも立たないものなのだよ」
 と教え、しょせん「夏爈冬扇」に過ぎぬ古人の跡など求めてはならぬ、古人の求めたものをこそ、探し求めるべし、といいたかったのでしょう。
 しかし、実際当時の蕉門は、次々と俳壇に新風を巻き起こし、一世を風靡。「夏爈冬扇」は芭蕉のゆるぎない自信から、思わずもれ出た自嘲のことばかもしれません。
 当時の最大のライバル、西鶴の遺稿集にすら、次のような一文があります。

又武州の桃青(芭蕉)は我が宿を出て諸国を修行、笠に、「よにふるはさらに宗祇のやどりかな」と書き付け、何心なくみえける。これ又世の人の沙汰はかまふにもあらず、ただ俳諧に思ひ入りて心ざしふかし。

 この文は西鶴門人の筆といわれています。芭蕉と面識のない、しかもライバル門下の俳人にも、芭蕉の生き方、俳風は敬意を払われていたのです。

 さて、「衆にさかひて用る所」のない「夏爈冬扇」。他の芸道分野では、どのように考えられていたのでしょうか。

 武道・兵法は、そもそも芸道ではあっても、芸術・風雅ではありません。宮本武蔵は、
「役に立たぬことは、やらぬこと」
 と言い切ります。(『五輪書』PHP 2004.)

 かたや能の世界では、

「この芸とは、衆人愛敬をもて、一座建立の壽福とせり」
「そもそも芸能とは、諸人の心を和げて、上下の感をなさん事、壽福増長の基、仮齢・延年の法なるべし」(『風姿花伝』第五奥儀讃嘆云)

 としています。「衆人愛敬」「上下の感をなさん」「壽福増長」「仮齢・延年の法」。すなわち、大衆に愛され、上の人にも下の人にも感動を与える。幸せを押し広げ、長生きのもととなるものだ、と明言しているのです。衆には逆らわず、幸せと長生きに役立つ、まるで「冬爈夏扇」のような芸能ではありませんか。しかし。世阿弥が追い求めた、幽玄で深遠な世界が、すべての人に受け入れられるものではないことを、薄々予見していました。

「静かなりし夜、砧の謡を聞きしに、かようの能の味はひは末の世に知人あるまじければ、書き置くも物くさきよし、物語せられし也」(申楽談儀)

 世阿弥作『砧』の能は、完成度が高すぎ、将来目利きにも理解されないのでは、と心配します。(世阿弥の予想は外れ、現在『砧』は名曲として一般的にも人気曲)

 結局あらゆる芸道・芸術も、時の因果からは逃れられません。「衆人愛敬」も「衆にさかふ夏爈冬扇」も、ただ時により、選ばれるか、選ばれぬかの違いのみ。許六よ、汝がすがるべきは、陽炎のような師の袂ではなく、師がようやく見つけた、風雅へと続く、ひと筋の細い細い糸なのだよ、と芭蕉は諭しているのかもしれません。


No.18[本文]
 去年の秋、かりそめに面をあはせ、今年五月の初め、深切に別れを惜しむ.その別れにのぞみて、一日草扉をたたいて、終日閑談をなす。その器、画を好む。風雅を愛す。予こころみに問ふことあり。「画は何のために好むや」、「風雅のために好む」と言へり。「風雅は何のために愛すや」、「画のために愛す」と言へり。その学ぶこと二つにして、用いること一なり。まことや、「君子は多能を恥づ」といへれば、品二つにして用一なること、感ずべきにや。画はとって予が師とし、風雅は教へて予が弟子となす。されども、師が画は精神徹に入り、筆端妙をふるふ。その幽遠なるところ、予が見るところにあらず。予が風雅は、夏炉冬扇のごとし。衆にさかひて、用ふるところなし。ただ、釈阿・西行の言葉のみ、かりそめに言ひ散らされしあだなるたはぶれごとも、あはれなるところ多し。後鳥羽上皇の書かせたまひしものにも、「これらは歌にまことありて、しかも悲しびを添ふる」と、のたまひはべりしとかや。されば、この御言葉を力として、その細き一筋をたどり失ふことなかれ。なほ、「古人の跡を求めず、古人の求めしところを求めよ」と、南山大師の筆の道にも見えたり。「風雅もまたこれに同じ」と言ひて、燈火をかかげて、柴門の外に送りて別るるのみ。
元禄六孟夏末             風羅坊芭蕉 印

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2006年09月26日 18:04

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