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名言・名句 第七回 五輪書 師は針、弟子は糸

 No.13
 師は針、弟子は糸。

 No.14
 物の見方は、心眼で見る観と、目で見る見の二つがある。

~宮本武蔵『五輪書』PHP 地の巻/水の巻より。


No.13[解説]
 人にものを伝授するとき必ず用いるのが比喩であり、もっとも有効な伝達方法も比喩です。また、人にものを教わる場合、何よりもまず模倣、師の真似をすることから学習を始めます。「学ぶ」の語源は、「真似ぶ」。「習う」は、もと「倣う」と書きました。

 この比喩と模倣を数多の豊富な具体例で示し、その効果を最大限に達成した日本のテキスト=伝書が、能では『風姿花伝』、武道ではこの『五輪書』といえるでしょう。
 「師は針、弟子は糸」。『五輪書』冒頭、「地の巻」で武蔵は、おのれの兵法の道を「大工の道」にたとえ、説き、導きます。すなわち、一国一軍の大将を大工の棟梁、大工を一兵卒にたとえ、その達成目標、行動規範を詳述していきます。一軍の将たるもの、大工の棟梁のごとく、適材適所をわきまえ、効率・納期・業績評価・モチベーションなど管理監督の重要性を認識し、集団を指導、組織化することが肝要であると説いています。
 かたや兵卒たるもの、与えられた分担、業務をとどこおりなく遂行できる技能と熱意が必須であり、場数を踏んであらゆる業務を経験し将来的に棟梁を目指すべし、としています。

 理想的な将、師は適切な「比喩」で、兵卒、弟子を最短距離にて、間違いなく目標へと導くことが第一条件。また、弟子は、師の教えを疑うことなく「模倣」し、いずれ師の水準へと到達すべきもの、と端的に言い表したのが、「師は針、弟子は糸となって、たえず稽古に励むよう」の句。武蔵がここで、伝えようとした意味はおおよそこういうことです。

No.13[本文抜粋]
 およそ人が世を渡っていくのに、士農工商と四つの道がある。
 一つめは農の道。農民はさまざまな農具を用意し、四季の移り変わりや気候の変化に忙しく心を配りながら、一年を過ごすこと。これが、農の道である。
 二つめは商いの道。たとえば、酒造りの職人は、各種作業の道具をそろえ、それによる酒の出来不出来に応じた利益を得て生計を立てる。どんな商売であっても分限に応じた収入・利益によって暮らしてゆくのだ。これが商いの道。
 三つめは士の道。武士はその武術に応じたさまざまな兵具をこしらえ、それぞれの兵具の利点をよく理解すべきで、それこそ武士の道というものである。なのに兵具も使えず、それらの兵具の利点もわきまえないものがいるが、近頃の武家は少々武士のたしなみが欠けているのだろうか?
 四つめは工の道。大工の道では種々様々な道具を工夫して製作し、それらの使い方を習熟し、墨縄と曲尺で図面を設計し、ひまなく作業に追われ暮らしをおくる。以上が士農工商四つの道である。
 さて兵法を大工の道にたとえて言い表してみよう。大工にたとえるのは「家」というものに関連させてのことである。公家・武家・四家などで、その家が断絶した、継承された、または何々流・何々風・何々家などと呼んで「家」ということばがその流れを表すので、兵法の道を大工のそれにたとえるのだ。大工という文字は大きくたくむ、と書く。兵法の道も大きくたくむものなので、大工を比喩として書き表そうと思う。兵の法を学ぼうとするものは、師は針、弟子は糸となって、たえず稽古に励むように。

No.14[解説]
 『五輪書』は、宗教的な書名により、未読の人から誤認されているかもしれませんが、徹底した兵法=「勝つ」ための具体的・実践的ノウハウの書です。観念的、抽象的な記述は、ひとつとしてありません。手足の形はこうせよ、歩き方はこう、刀の振り方はこう、敵に向かえばこのように考え、心はこのようにすればよい…。と、六十数度の修羅場を潜り抜けた歴戦の達人が、勝つための方法を余さず伝える実用書なのです。
 武蔵の説くノウハウで、「見る」という項目は大変重要。上述の句は「水の巻」にありますが、「風の巻」にも具体例が詳述され、「観」と「見」の重要性を繰り返し強調しています。
 大局を心眼でとらえる「観」の目。ところで、この概念は、世阿弥の「離見の見」と非常によく似通っています。五輪書を読み返してみると、どうも武蔵は世阿弥の伝書類を参照したのではないか、と思える箇所がいくつかある。分野は違えど、名人・達人が到達する境地はことのほか似通ったものだからでしょうか? または、柳生一族より世阿弥の伝書を見せてもらったのでしょうか? (武蔵は、兵庫助利厳、十兵衛三厳ら柳生家子弟と接触した可能性があり、また、能楽観世家と柳生家の間で秘伝を交換しあったともいわれています)
 さて、武蔵は「観」の目では敵の心理を見抜き、戦場の大局的状況を分析することが肝要である、と説きます。また、その見方として、蹴鞠や曲芸の目にもとまらぬ妙技を例にひく。彼らは技芸に習熟しているので、もはや鞠や刀など対象物を「目で見て」いないことを観察、指摘するのです。
 これらの見方をいざというときに実行するためには、平常時にもそのような見方を常に意識して習慣化させることが必要であると教えています。


No.14[本文抜粋]
一 兵法の物の見方
 物の見方は、大きく広く見るようにするのだ。心眼で見る「観」と、目で見る「見」の二つの見方があるが、観の目で強く、見の目で弱く見、遠いところを近くでありありと感じるように見、近いところは遠くから大局をつかむように見るのだ。これが兵法の見方だ。
 敵の太刀筋を悟り、敵の実際の太刀は全く見ないことが、兵法のツボである。工夫することだ。この見方は、一対一の小さな兵法にも、集団での大きな兵法にも、両方応用できる。
また目線はまっすぐ前を見たまま、左右の視野をなるべく広げて、両脇を見ることも大事だ。こうしたことは緊急時にはなかなか実行できないものだが、この書付を諳んじ、日常生活の中で、この見方を実行し、いついかなる時もこの見方をキープできるよう、よく鍛錬しなくてはならない。

五輪書はこちら

2006年07月12日 18:37

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