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第一回 現代語とは意味の変わった言葉

◆原文
小座敷の花入は、竹の筒、籠、ふくべなどよし。かねの物は、凡(およそ)、四畳半によし。小座敷にも自然には用いらる。
(南方録 覚書二十八/ワイド版岩波文庫 2003. 岩波書店)

◆読解
前代の書院大広間の茶に対し、利休の考案した小座敷での侘び茶には、どのような花入がよいのか、というくだりです。
四畳半は広間の範疇。かねの物とは鉄や銅など金属製の花入を指しています。

小座敷には、竹や植物の蔓・皮などつつましい自然素材、広間には豪華な舶来物金属製花入を、というのがここの主意となる。さて、この文の読解ポイントは緑色の文字で示した「自然に」です。現代の意味のまま「自然には用いられる」では、意味が通りませんね。
 古語と現代語では、意味の移り変わってきた言葉がたくさんあります。有名な徒然草の「いとをかし」も、愉快だ、変だという意味ではなく、趣がある、興味深いとしなければ文意は通じません。それで、古語辞典で「自然に(と)」を引きます。ぼくの辞書では ①もしも。万一 ②たまたま。偶然、とありました。「自然に」の意味が現代とは違うのです。やっと意味が通じました。訳文ではこうなります。

◆訳文
小座敷の花入れには、竹の筒、籠、瓢(ふくべ)などがよい。胡銅のものは、おおよそ四畳半に似つかわしい。されど、たまには小座敷にも用いる。


◆原文
 近年小座敷の茶すみて、また書院、あるひは四畳半などへ出て、茶よ菓子よと馳走する事始まりたり。宗易の亭へ御成の時、かねて何々のかざり御覧あるべきとの御内意有て、小座敷御茶すみて、四畳半にて袋棚、書院にて台子など段々御覧の事折々ありしなり。しかるを御内意の子細をば人しらず、小座敷過ぎて、かならず四畳半か書院にて馳走せでは粗略の事よと心得、京堺はしばしはやり出るほどに、備前宰相殿、浅野殿、宗及へ相談のよしにて、鎖の間とて別段に座敷を作事あり。毎々小座敷すみて、またこの座にて会あり。この事を宗易伝へ聞給ひ、これ後世に侘茶湯のすたるべきもとゐなりとて、わざと御両所へまいり、御異見申されしなり。この後は御成の時も、小座敷なれば小座敷、書院なれば書院、とかく一日に座をかへてのかざり所作、御断申されしなり。
(南方録 棚十七/同)

◆読解
 場を代えての茶会が流行りだしたため、利休が待ったをかけた話です。内容は簡単ですので後ほど訳文にて。この文の読解ポイントは、まず現代ほぼ失われつつある、敬語です。何をおいても敬語の読解が古文を読む最大の壁。逆にいえば、敬語と主語述語がわかれば、古典原文は99%読みこなせます。
 最初のポイント「御成」は、室町~江戸期であれば将軍にしか使われません。それでここでは豊臣秀吉が来た、ということになり、主語も判明します。ちなみに「御幸(みゆき)」は、天皇が行くという意味、他には絶対使わない。続いての「御内意」も、主君にのみ使われる用語で、事前の通達もしくは「仰せ」よりも程度の軽い命令です。これで京堺の市民の間に、なぜ別席の茶会が流行する誤解が生じたのかという原因が判明しました。
 「わざと」も現代語と同じに読んでは、文意がすっきりしません。御両所のひとり、備前宰相は宇喜多秀家、もうひとりの浅野殿は浅野長政。当時の軍部と官僚、ナンバーワンクラスの二人です。宗及はともかくとして、いくら利休が秀吉の側近であるとはいえ、最高権力者の二人に対し、一茶匠が「わざわざ出向いて、意見した」はおかしいですね。ここの「わざと」は、正式に、公式に、表立っての意。辞書にあります。利休は、正式に二人を訪問し、おそらく書状をもって陳情申し上げたのです。


読解裏技>文意が通じない時は、知っている単語であっても辞書を引く。


◆訳文
 近頃小座敷の茶が済んだ後、さらに書院、四畳半へと移り、茶、菓子などと馳走することが始まった。
 宗易の亭へ、上様御成りの時、事前に何々の飾りが見たい、との内意に従い、小座敷の茶が済んだ後、四畳半にて袋棚、書院にて台子など徐々にご覧に入れるようなことが何度かあった。されど人々、上様内意の仔細も知らず、小座敷の茶が終わると必ず四畳半か書院にて接待しなければ、失礼に当たると思い、京・堺のすみずみにまでこのことが流行りだしたのだ。
 宇喜多秀家、浅野長政が津田宗及と相談の上、鎖の間と称して別座敷を建築した。小座敷の茶が済むたびに、この別座敷にて改めて会をもつこととなる。
 宗易はこれらを伝え聞き、放っておいては必ずや後世、侘び茶が廃れる元となる、と正式にご両所を訪れ、ご意見を申し上げた。
 この後、上様御成りであっても、小座敷であれば小座敷、書院であれば書院と、とにかく一日に座を変えての飾り所作はお断りもうしあげた、とのことである。

2005年12月20日 06:14

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