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第七回 時代により「価値転換」するモノとコトバ

◆原文
(一)比道、第一わろき事は、心のがまむがしやう也。(二)こふ者をばそねみ、初心の者をば見下す事、一段勿体無き事共也。(三)こふしやにはちかづきて一言をもなげき、又、初心の物をばいかにも育つべき事也。(四)比道の一大事は、和漢のさかいをまぎらかす事、肝要肝要、ようじんあるべき事也。
 (五)又、当時、ひえかるると申て、初心の人躰がびぜん物、しがらき物などをもちて、人もゆるさぬたけくらむ事、言語道断也。(六)かるると云事は、よき道具をもち、其あぢわひをよくしりて、心の下地によりてたけくらみて、後までひへやせてこそ面白くあるべき也。
 (七)又、さはあれ共、一向かなわぬ人躰は、道具にはからかふべからず候也。(八)いか様のてとり風情にても、なげく所、肝要にて候。(九)ただがまんがしやうがわろき事にて候。(十)又は、がまんなくてもならぬ道也。(十一)銘道にいわく、

  心の師とはなれ、心を師とせざれ

 と古人もいわれし也。

(古市播磨法師あて『心の文』村田珠光)

◆読解
 『珠光心の文』は、侘び茶の開祖とされる村田珠光が、茶の湯の一番弟子、古市播州澄胤に与えた書簡です。しかしこれは、ただの手紙ではない。師から弟子への一統の秘伝、相伝書といえるものでした。
今回は下の4つの読解ポイントにしたがって、専門的な芸道用語を含む、室町時代の文章をすっきり読み進めていきたいと思います。

読解表技>
① 書簡体→誰から誰に、何を伝えたいのか?
② 良い物が悪く→時代により「価値転換」するモノ
③ 芸道専門用語を知る
④ 現代語とは意味の違うコトバ

 まず①の「書簡体」。上にも述べたように、『心の文』は単なる私信ではなく、芸道上の印可や許しのような、機密性の高い、流儀秘伝書といえるもの。認可を与える者、与えられる者の背景と関係を知ることが、読解の第一歩となりましょう。


・村田珠光 むらたじゅこう
室町中期の茶人。応永30年(1423)~文亀2年(1502)。奈良御門の村田杢市検校の子。幼名は茂吉。もとは奈良称名寺の僧。のちに禅宗に転換し、一休宗純に参禅。印可として「圜悟の墨跡」を与えられる。禅院での茶の湯に点茶の本意を会得したといわれ、侘び茶を創始して茶道の開祖となった。

・古市播州 ふるいちばんしゅう
長禄三年~永正五年(1459-1508)。名は澄胤(すみたね)。奈良郊外古市郷の士豪であり、興福寺の衆徒。東山時代の文化人大名である。古市氏は戦国初期、畠山政長方の筒井氏としばしば戦い、これを圧倒し、ついに筒井氏にかわり興福寺衆徒の棟梁となった。これにより大和地方の半分を支配する大和守護代格に着任。古市播磨法師の名で活躍し、古市三万石の城を築き威勢を誇った。

澄胤は戦後成り上がりの田舎大名。一時に数百貫を賭ける博打を好んだり、名馬を渉猟するなどの反面、神仏への信仰心厚く、貴人や公家、高僧、諸芸能人とも交わり、文化教養にも造詣の深い、一世の驕児といわれる者であった。自作句が、宗祇選『園塵』に入るほど連歌をよくした。また、能・尺八・曲舞の名手だともいわれている(『長闇堂記』)。
茶の湯は珠光の一番弟子であり『山上宗二記』に「数奇者、名人」と書かれている。古市播州伝来とされる、珠光名物は数多い。珠光より、播州に宛てた『心の文』、『お尋ねの文』(茶花について、播州の質問に珠光が答えて与えたもの)は茶道史上、とくに名高い史料であろう。まさに珠光流茶の湯一番弟子と呼ぶにふさわしいが、当時後援者としての役割も大きかったものと想像される。
永正五年、河内高島城畠山尚順を攻めるが敗北、撤兵の軍中自害して果てた。

 『心の文』は、侘び茶の創始者にして、大名人の珠光が、次代名人と目される播州に、時代の“一大転換”を宣言し、当道の真髄を相伝せんとしたものです。次に、時代の潮流に乗り、多くの芸道分野に卓越した才能を誇る、気鋭の一番弟子に、我慢・我執を戒め、真摯な芸道精進を説いた、指南書ともいえましょう。このことはおそらく珠光参禅の師である一休宗純から贈られたと思われる、末文の

 心の師とはなれ 心を師とせざれ

 に、色濃く感じ取ることができます。

 さて、本文のもっとも重要なポイントが、②「時代の価値転換」として提示されます。(四)「和漢のさかいをまぎらかす」と(五)「ひえかるると申て、初心の人躰が、びぜん物、しがらき物などをもちて」の部分です。
 「和漢のさかい」について、珠光はくどいほど念を押す。「此道の一大事」「肝要肝要」「ようじんあるべき事」と、三度も注意を書き連ねています。なぜならこのことが、現代茶道の起源たる、侘び茶を創生した、珠光最大の功績だからです。この時代、茶の湯において二つの大きな「価値転換」がなされました。

・書院台子の茶 → 草庵小座敷の茶(侘び茶)
・唐物(舶載名物茶器) → 国焼(国産の侘び道具)

 しかし前代の様式、茶法が完全に廃されたわけではない。とくに道具については、「和漢のさかいをまぎらかす」、つまり唐物と国焼を上手く取り合わせて、飾り、点前することが時代の数奇、とされたのです。利休も後に「数奇に出す道具は、栗に芥子をまぜたるように組合するが巧者なり」(『茶話指月集』)といっています。
 ただし、国焼を見立てるためには、長年経験を積み、眼力を養わねばならない。初心の者が通ぶって、備前や信楽焼をもてあそぶなど「言語道断也」と珠光は一喝します。

 三番目の読解ポイントは、特定の芸道分野で用いられる、③「専門用語」を知ること。(五)「ひえかるる」と「たけくらむ」です。ひえかるる(冷え枯れる)は、室町期に隆盛を極めた、連歌の美的概念。心敬法師の「連歌は枯れかじけて寒かれ」は、茶の湯においても侘びを表わす指針として、往時の各茶書に引用されています。
 「たけくらむ」は、少し難解です。「たけ」は「闌け」。能の世阿弥の理論書『至花道』にある、「闌けたる位」を踏んだ概念。名人位をさらに超えた、何物にも捉われない、自在の境地、とでも解釈できましょうか。「くらむ」もまた難解で、「闇む」(岩波書店 日本思想体系23)とする説もありますが、ここは「闌け繰らむ」または、「闌け玄む」と読むことで「背伸びをして名人ぶる」と、すっきり解釈できそうです。

 最後の読解ポイントは、④「現代語とは意味の違うコトバ」。このコラムでは、何度か取り上げていますが、存外読解の落とし穴となる、カンタンそうで厄介なポイントです。下に④に該当する本文単語を取り上げ、現代語の意味と古文の意味をそれぞれ対照してみました。もちろん本文は、古文の意味で読まねば解せません。

 (二)一段「勿体無き」 (現代)恐れ多い → (古文)もっての他
 (三)一言をも「なげき」 (現代)嘆く・悲しむ → (古文)願う・教えを乞う
 (二)道具には「からかふ」 (現代)いたずら・もてあそぶ → (古文)張り合う

 いずれの単語も、古語辞典の一番目か二番目の項目にある意味です。古文を通読していてつまずいたら、たとえ知っているコトバであっても、疑い、辞書を引く。いくつかの古典出版物に誤訳が見られるのは、それが特殊な古語ではなく、一見「ありふれた現代語」に見えるため、本来の意味を見落としてしまっているからなのです。


◆訳文
 この道において、まず忌むべきは、自慢・執着の心である。達人をそねみ、初心者を見下そうとする心。もっての他ではないか。本来、達人には近づき一言の教えをも乞い、また初心者を目にかけ育ててやるべきであろう。
 そしてこの道でもっとも大事なことは、唐物と和物の境界を取り払うこと。これを肝に銘じ、用心せねばならぬ。

 さて昨今、「冷え枯れる」と申して、初心の者が備前・信楽焼などをもち、目利きが眉をひそめるような、名人ぶりを気取っているが、言語道断の沙汰である。「枯れる」ということは、良き道具をもち、その味わいを知り、心の成長に合わせ位を得、やがてたどり着く「冷えて」「痩せた」境地をいう。これこそ茶の湯の面白さなのだ。とはいうものの、それほどまでに至り得ぬ者は、道具へのこだわりを捨てよ。たとえ人に「上手」と目されるようになろうとも、人に教えを乞う姿勢が大事である。それには、自慢・執着の心が何より妨げとなろう。しかしまた、自ら誇りをもたねば成り立ち難い道でもあるのだが。
 この道の至言として、

 わが心の師となれ 心を師とするな

 と古人もいう。

(現代語訳 能文社 2009)

2009年07月22日 10:09

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コメント

昨日、初めて貴ホームページを訪れ、大変興味深くそれぞれのページを読ませていただいています。
すでに現代語訳が済んでいる書籍の販売をなさっていらっしゃいますが、PDF の状態で購入することは出来ませんでしょうか?
私、海外に住しており、縁故の者も高齢者が多いので、なかなか頼みにくい状態です。従って、出来ればダウンロード購入、支払は、「Paypal」「creditcard」で出来れば助かります。
ご一考の程、よろしくお願い致します。

投稿者 木村 草之介 : 2009年11月30日 20:35

木村 草之介様

言の葉庵 庵主です。
お問い合わせありがとうございます。
海外での弊著のご購入については、もちろん可能です。
いくつか方法ありますが、
のちほど直接メールにてお知らせいたします。

投稿者 庵主 : 2009年12月03日 21:39

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