言の葉庵 |能文社 |お問合せ

 

第六回 「候文」完全攻略の裏技公開!

◆原文
 御慈悲深く御座候1故、「御家中下々迄の上に、痛み候2事これなき様に。」と、兼々思召し上げられ候3。先年堀田玄春御雇分にて罷り下り居り候4節、東御屋敷にて月の御詠歌のため御座に御出でなされ、御次には玄春、藤本宗吟、恩田恕情罷り在り候5。水ヶ江のあたりに花火あがり候6を、玄春見つけ候7て、会釈仕り候8を聞し召され、御立ちなされ候9て、御次へ御出で、玄春へ仰せられ候10は、「其方は法度の様子存ぜざる事に候11。城下にて火の取扱はきびしき法度にて候12。今夜の事必ず沙汰仕るまじく候13。外に知れ候14へば、科申し付けず候15て叶はず候16。これより見候17は、見ぬ分にて候18。」と御意なされ候19。玄春感涙を流し、「天下に於て、主君の望み外にこれなく候20。即ち御家来に罷り成り候21。禄は御料簡次第。」と願い奉り候22に付て、召し抱へられ候23。兼て公儀を望み罷り在り候24に付て、最前より召し抱へらるべくと候25へども、御断り申し上げ候26故、先づ御雇分にて罷り下り居り候27時の事にて候由。

岩波文庫『葉隠 中』聞書第五/十三より

◆読解
 「候文」が、スラスラ読み下せるようになれば、中世近世の古文の70~80%は、わかるようになります。今回、テキストの『葉隠』一話中、「候」が何個出てくるか、ためしにマーキングしてみました。原典では10行程度の短い段落ですが、なんと全部で28個!(原文中グリーンの文字部分)その位、「候」は頻繁に常用されていたのです。

 古文の「候」は、現代の「です」「ます」「ある」「いる」に当たります。文法・語法ではなく、スタイルです。それはいわばごく当たり前、日常的なメールの書き言葉。文法としては、丁寧の気持ちを添える敬語・丁寧語・謙譲語の助動詞、補助動詞、ということになる。その定義と歴史的変遷をWikkipediaから以下、拾ってみましょう。


候文(そうろうぶん)は日本語のうち中世から近代にかけて用いられた文語の文体の1つであり、文末に丁寧の助動詞「候」(そうろう、そろ、歴史的仮名遣いではサウラフ)を置くことを特徴とする。

「候」(古くはサモラフ、サブラフなど)は元来、貴人の傍に仕える意の動詞であったが(「さむらい」もこれに由来)、平安時代に「居り」の謙譲語、さらに丁寧を表す補助動詞あるいは助動詞に転じた。平安末期には現代語の「ですます体」のように口語で盛んに用いられたらしい(平家物語の語りの部分に多くの用例がある)。

鎌倉時代には文章としても書簡などに用いられ文語文体として確立した。室町時代には謡曲(能)の語りの文体としても用いられた。この頃には口語としては廃れたらしい(ただし「です」は「にて候」に由来するとされる)が、文語としてはさらに普及し、江戸時代には公文書などにもよく用いられた。明治時代にも書簡体として用いられたが、言文一致体の普及や古文教育で取り上げられなかったことなどから廃れた。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2006/09/07 14:12 UTC 版)より


 この「候」、貴人の傍らに仕え、控えるという元来の意味(サブラフ)で使われることはほとんどなく、大半が文末の助動詞(現代語のです・ます)、文中の動詞に連用する補助動詞(現代の丁寧語のお・ご、または謙譲語、動詞の在る・居る)として使用されています。
 候文の表技は、古文中の候を、文末→です・ます、文中(動詞の後)→られ・らる・お・ご、または、ある・いるに置き換えてみること。


読解表技>候を使用部分によって置き換える
① 文末→です・ます
② 文中→丁寧語または、ある・いる


 文中の連用形(たとえば「御座候故」「見つけ候て」など)では、単なる丁寧語なのか、ある・いるなどの動詞なのかは、文脈で自ずと判断できます。

 さて、「候」のもうひとつの大きな特徴は、時制がないこと。です(現在)、でした(過去)、でしょう(未来・推量)の判別も文脈判断となります。文法的には、中国語に近いですね。

 このように「候」は書き手にとっては非常に幅が広く、応用が利く、オールマイティな
言葉。すでにこんなに便利なのに、せっかちで超合理的な江戸時代の人々は、さらに驚くべき用法を開発する。それは、候を含む慣用句の「候変体簡略語」。もともとの丁寧な日本語を漢文白文のように、二文字~四文字程度の漢字だけで表現する慣用語を作ってしまったのです。たとえば。

致度存候 いたしたくぞんじそうろう
可被成下候 なしくださるべくそうろう
不仕候 つかまつらずそうろう

 まずは、「候変体簡略語」の読みと現代語訳を一覧表にしましたのでご覧ください。
 言い回しを推敲することなく、たった二文字~四文字の成句を使うだけで、急いでなぐり書きする手紙も、ずいぶん丁寧に高級にみえる。武家はもとより、学者、僧侶、庶民に及ぶまで、このスタイルは爆発的に普及しました。さしづめ現代でいうならば、H/K(話し変わるけど)、KY(空気読めない)などの若者語が、社会全体に普及したようなものでしょうか。
 それはさておき、この候変体簡略語をマスターすれば、候文読解はほぼ完璧です。


読解裏技>
候慣用句を省略・記号化した「候変体簡略語」を読み解く。


 以上の表技、裏技を使って『葉隠』本文を読み進めます。本文中、「候」の合番を参照してください。
 最初の1.御座候は、変体簡略語で、意味は「(慈悲深く)あられたので」。
 表技②文中の丁寧語に当たるのは、6.7.8.9.10.14.15.17.22.24.26.の11個。候という言葉自体の訳はありませんが、直前の動詞に丁寧なニュアンスが加わります。たとえば、7.8.は「玄春がお見かけしたので、ご挨拶さしあげたのを」となります。(注:能文社の現代語訳(後出)では、訳出方針として現代人の自然な言語感覚にマッチさせるため、過剰な敬語はすべて省略しています)

 表技②文中のある・いるに当たるのは、1.2.4.5.25.27.です。○○の状態でいる、○○という場所に居る、という意味を丁寧に伝えています。
 残りはすべて、表技①文末のです・ますに当たる。3.11.12.13.16.18.19.20.21.23.28.。文脈により、時制を考え、でした・ました・でしょう・ましょう、などの訳になります。たとえば、3.なら現在完了形「前々より考えておられました」となる。

 さて、以上の訳を割り振っても、すっきりしない箇所がありますね。それらは「候文」の文法とは直接関係ありませんが、葉隠独特の文体による影響です。武家言葉特有の「動詞の省略」があるのです。たとえば、「その段本望に候」・「眼前に候」は、本来「その段、本望に存知候」・「眼前に御座候」となり、動詞を省くことで短くひきしまった文体、勇ましい効果を狙ったもの。ここでは、11.と12.が「これあり」、13.25.が「存じ」、18.が「弁え」が、それぞれ省略されているものと考えられます。

 実は、候文読解の「大裏技」は、一度すべての「候」を抜いてしまうこと。その上で、完結しない部分、意味不明の部分には、ある・いるを補ってみましょう。読解には何の支障もないはず。さらに「御」「仕る」「申す」「罷る」「奉る」まで外してしまうと、ほぼ現代文になります。言の葉庵の訳文が、実はそれなのです。


◆訳文
 (光茂公は)慈悲深い人柄であった。
「家中の者下々にいたるまで、苦しまぬように」
と常々願っていたという。
さる年、お雇いの身分にて堀田玄春という者が国元に滞在していた。月を読む歌会、との趣向で光茂公が、東屋敷へと運ぶ。次の間には、玄春、藤本宗吟、恩田恕情らが列席していた。水ヶ江の方角に花火が上がったので、玄春は皆に伝えた。これを聞いた公は立って次の間へ入ってくる。玄春へ、
「その方禁令のことを存ぜぬ。ご城下において火の取り扱いは重い法度となっている。今夜のことは絶対人にいってはならぬ。外に知れてしまえば、罰せずにすむものではない。今この時から、花火を見たことは、忘れてくれ」
と注意した。玄春は感涙を流し、
「天下広しといえども、それがしが仕えたい主君は、光茂公をおいて他にはありませぬ。ご家来の端にお加えください。禄などはご料簡次第」
と願い出、召し抱えとなった。この者は前々より公儀への仕官を望んでいたので、光茂公は随身の希望を持っていたが、当人がご辞退していたのだ。さらばひとまず雇いの身分で、ということで国元に下って来ていた時のことだ。

能文社『葉隠 現代語全文完訳』聞書第五/十三より

2007年11月10日 09:08

>>トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://nobunsha.jp/cgi/mt/mt-tb.cgi/87

コメント

拝啓
何年か前から候文に魅了され、自習してきましたが他の人たちも同様に努力、学んでおられるを知るにあたり嬉しくなります。
こうして候文を誘っておられることに声援おくります。
とても参考になりました、これからも続けられ、もっと多くの人たちが同様にこの素晴らしい日本の文化に目を向けられ、日常の用に使われるようになれば日本の気概ももっと良くなると想います。
改めて、貴殿の奉仕に感謝と敬意顕わさせて戴きます。
穴賢

投稿者 永久越朗 : 2010年12月20日 13:09

永久様

はじめまして。言の葉庵の庵主です。
稚拙なページをご高覧くださり、まことに恥ずかしい次第です。

平成22年の現在「候文」で手紙をしたためる…。
とても素敵だと思います。
単なる懐古趣味ではなく、美しい智慧の宝庫である日本文化を後世に
少しでも残して行きたいと心から願っています。
この小さな一歩を共に歩んでいただけたなら、
どんなに大きな力を与えられることでしょうか。

今後ともご指導、ご鞭撻のほどお願いいたします。

投稿者 庵主 : 2010年12月30日 18:28

バックナンバー

第十回 『戴恩記』話者を敬語の程度で見つけ出す。

第九回 謡曲『羽衣』クセを完全読解する。

第八回 世阿弥絶筆「佐渡状」を読む。

第七回 時代により「価値転換」するモノとコトバ

第六回 「候文」完全攻略の裏技公開!

第五回 名文の「圧縮美」を解凍する。

第四回 名人は、造語に遊ぶ。

第三回 隠された主語は、動作をヒントに探しだせる。

第二回 主語を探す。誰が誰に言っている文か。

第一回 現代語とは意味の変わった言葉

◆言の葉庵推奨書籍

◆言の葉メールマガジン
「千年の日本語。名言・名句マガジン」

「通勤電車で読む、心の栄養、腹の勇気。今週の名言・名句」、「スラスラ古文が読める。読解ポイントの裏技・表技。古典原文まる秘読解教室」などのコンテンツを配信しています。(隔週)

◆お知らせ

ビジネス・パートナー大募集

現在、弊社では各業界より、マーケティング関連委託案件があります。
つきましては下記の各分野において、企業・フリーランスの協力パートナーを募集しています。

◇アナリスト、リサーチャー
◇メディアプラン(フリーペーパー、カード誌媒体等)
◇プランナー、アートディレクター、コピーライター
◇Web制作
◇イベンター、SPプロモーション
◆化粧品・健康食品・食品飲料・IT・通信分野

 

Copyright(c)2005.NOBUNSHA.All Rights Reseved

Support by 茅ヶ崎プランニングオフィス