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名言名句 第十三回 珠光茶道秘伝書 心の師とはなれ、心を師とせざれ

 No.25
 心の師とはなれ、心を師とせざれ。

 No.26
 和漢のさかいをまぎらかす。

~村田珠光

No.25 心の師とはなれ、心を師とせざれ。
『珠光茶道秘伝書』村田珠光

[解説]
 茶の湯の開祖といわれる、村田珠光のことば。門弟古市播磨に相伝された『珠光茶道秘伝書』中の一句です。究めれば、究めるほど己の心に縛られず、躍らされず、厳しく己を律せねばならない…。この教えは、わび茶の根本精神として、弟子の紹鴎、利休へと受け継がれていきます。

 「われに師というものはない」と言い切る、剣聖宮本武蔵。『五輪書』は自己管理、自己客観視という点からみても、今日的に大変示唆に富む書です。歴史上の偉人たちは、みな己を律する金言をもっています。武蔵のそれは、

 人は追い回し、従えるもの (五輪書)

 です。裏を返せば、自分の心に振り回されるな、それは他人にも振り回されることとなる、という警告。『葉隠』の智将、鍋島直茂は、自己管理のヒントを下のように言い表します。

 わが気に入らぬことが、わがためになることなり (葉隠)

 芸術や文芸の分野では、自己抑制は技芸の上達と切り離せないもの。自己を客観視できないことを、よく「自分の芸に酔う」などといいますよね。
 俳聖とまでよばれた松尾芭蕉ですら、己を抑制し練磨し続けることの難しさを痛感していました。

 一句のぬしとは成がたし (風之『俳諧耳底記』)

 新しい句風を切り拓き、その分野での第一人者と認められることは、まず「成がたい」。さらに、その分野では誰それ、といわれるような確固とした実績を築き、維持していくことは並大抵ではない。もうひとついえば、評価と実績が大きければ大きいほど、その後のプレッシャーも大きくなり、やがて大きな看板の重みに耐え切れず、安易に自分で自分の模倣をしてしまうことにもなってしまう。
 単に新領域を開拓する困難だけではなく、達成→維持→相克までのプロセスを見越し、その「主」となることの難しさを克己の視点からとらえたことばといえます。

 世阿弥は、「上手は下手の手本、下手は上手の手本」といい、教える者、教わる者それぞれの立場から、慢心を戒めました。「これでよい」と安住する心、「こうあらねばならぬ」とあせる心、そのどちらの心も「師」としてはならない。盲従、依存しやすい己の心を一段上から厳しく律する「師」とはなれ、としているのです。

 No.26 和漢のさかいをまぎらかす。

[解説]
 上と同様、『珠光茶道秘伝書』中にあることば。異文化を咀嚼・吸収し、独自性を獲得、展開していった、日本文化のあり方を象徴するものです。前後の文は以下。

 此の道の一大事は、和漢のさかいをまぎらかす事、肝要々々。ようじんあるべき事也。

 前代、東山文化の書院台子の茶では、高麗茶碗、唐茶入など、いわゆる唐物・渡り物のみが、名物とされ珍重されてきました。「和漢のさかい」の「漢」とは中国、つまり唐物の茶道具をさしたことば。「和」は日本の道具。備前・信楽など国焼の茶器をさします。豪華で洗練された大陸の美に対し、素朴で侘びた、日本の閑寂の美に着目したことが、珠光の功績のひとつ。そして、もうひとつ。最大の功績は、これら異質の美を組み合わせることで、茶の湯にまったく新しい境地を切り拓き、「バランスの美」を創造したことです。

 それは、珠光を茶の湯の師匠として、風流将軍足利義政に推薦した同朋衆能阿弥の手柄ともいえます。絵画・連歌をよくし、唐物奉行として将軍近辺の「美の顧問」を任じた能阿弥の類まれなバランス感覚が、珠光に影響を与えたのかもしれません。こうして儀礼的な遊びごとであった書院の茶は、「侘び」を骨法とする日本の精神文化として開眼し深化するのです。異質なものの「取り合わせ」による、新しい美の創出は、珠光の

 わら屋に名馬つなぎたるがよし (山上宗二記)

 にもうかがえます。直系の弟子、利休にも「取り合わせ」「組み合わせ」を示唆することばが多い。

 数寄に出だす道具は、栗に芥子をまぜたるように組み合はするが巧者なり(茶話指月集)

 大きく黒い栗の実と、けしつぶのように小さく黄色い芥子の種を取り合わせることによる、バランスの美を「巧者の仕事」とみています。また、和漢のさかい、異質なものの融合にこそ、本当の価値が生じることを、能楽の世阿弥は陰陽思想をひいて、以下のように指摘していました。

 一切のものは陰陽和するところのさかいに成就する (風姿花伝)

 プラスとプラス、マイナスとマイナスは、それぞれ反発しあう。プラスとマイナスが出会ってはじめて意味が生成される。
 ハイブリッド思想による新価値創出は、舞台芸能、茶道具、物理現象だけではなく、「ことば」においても大きな作用があることを、松尾芭蕉は自身の俳諧理論で指摘しました。

 発句はとり合物也。二つとり合て、よくとりはやすを上手と云也 (許六『篇突』)

 「とりはやす」は、「取り生やす」または、「取り囃す」の意味が想像されます。単に「取り合わせる」だけでなく、おそらく同列に並べては成立し得ないと思わせるほど、隔たりの大きい異質なもの同士を、名人の手際で結合することで、思いもよらぬ面白さ、美しさが立ち現れてくることを狙ったもの。
 異質を「まぎらせ」、おだやかな自然の美を導いた珠光の手法を、さらに「作意」「創意」へと積極的に推し進めたのです。

 ただし茶の湯は、能や俳諧のような芸道ではありません。人の目を驚かすこと、第一義ではない。聖徳太子の「和を以て貴しと為し、さかうこと無きを旨とせよ」、またはのちの利休の「和敬清寂」が根本。人と人、人と物との静かな交わりをめざしたものなのです。技巧を楽しむものではなく、技巧をむしろ隠すもの。珠光は、さかいをまぎらかす事を、「此の道の一大事」「肝要々々」「ようじんあるべき事」と最大限推し進めようとしたのです。目覚めたばかりの精神が、前代の遊びごとの茶や、闘茶などへと決して後戻りせぬように。

2007年08月30日 10:09

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