言の葉庵 |能文社 |お問合せ

心にしみる名言、知恵と勇気がわいてくる名文を、千年の古典名著から毎回お届けしています。

名言名句 第二十九回 茶話指月集 この水の洩り候が命なり

 No.46
 この水の洩り候が命なり。

~『茶話指月集』千利休

千利休の孫、千宗旦の茶道逸話をまとめた江戸初期の茶書「茶話指月集」。利休をはじめ、安土桃山時代の茶人の言行を活きいきと今に伝える名著です。とりわけ主となる利休の逸話は、多くの名言・名句に富み、わび茶大成期の生きた姿をうかがい知ることができる好史料。まずは、表題の句、「この水の洩り候が命なり」を含む原文をご紹介しましょう。


〔原文〕

「宗易、園城寺の筒に花を入れて床にかけたるを、ある人、筒のわれめより水したたりて畳のぬれけるをみて、いかがと申されたれば、易、この水のもり候が命なりという。
附り
この筒、韮山竹、小田原帰陣の時、千の少庵へ土産なり。筒の裏に、園城寺少庵と書付け有り。名判無し。又この同じ竹にて、まず尺八を剪り、太閤へ献ず。其の次、音曲。巳上三本、何れも竹筒の名物なり。」
『山上宗二記 付茶話指月集』熊倉功夫 校注 岩波文庫2006/6


■死地で三本の不思議な竹を見出す利休

「園城寺の筒」とは、世上に名高い利休作の竹の花入のこと。ある茶会で、利休がこの花入に花を生け床にかけた。ところがこの花入、竹の表面に大きな割れ目があるため、水がしたたり落ち畳を濡らしてしまいました。見かねた客が、「これはどうしたものでしょうか」とたずねると、利休は、「水が洩れるところこそ、この花入の命なのです」と答えたという。

後半には、附けたりとして、園城寺の由来が語られます。秀吉の小田原北条攻めに同行した利休は、伊豆韮山にて見事な竹を見出した。この竹から三本の花入を切り出し、そのうち一本が少庵へ土産として持ち帰られ、後に「園城寺」と名付けられることになります。後世、「園城寺」の添文とされた、古田織部宛利休書簡「武蔵鐙の文」に竹を切り出したいきさつが語られる。

「花筒、近日相届き候由、本望に候。筒、不思議のを切り出し申し候。早や望みはこれなく候」

小田原で切り出し、作った竹の花入が近日中にあなたの元へ届くと聞き、たいそう喜んでいる。さてその竹筒ですが、およそ考えられぬほど見事なものを手に入れました。これほどの竹は、今後もう求められないでしょう、と利休は興奮気味にしたためています。この時切り出した花入の三本。一本が、「園城寺」。京に持ち帰られ、少庵に与えられる。もう一本が、秀吉に献上された「尺八」。最後の一本が、この時織部に送られた「音曲」と伝えられています。

■弁慶が引きずってひび割れた「園城寺の鐘」

三本の花入は、それぞれ利休作わび道具の名品であり、それぞれに物語が秘められている。「園城寺」の銘の由来は、花入表面を走る大きな割れ目から。いわゆる三井寺(園城寺)の破れ鐘を連想させることからつけられたもの。
三井寺の鐘は、宇治平等院、高雄神護寺の鐘とならび、「天下の三銘鐘」と称えられる日本の宝鐘。一説には、西洋音階のA音(ラ)に調律され、素晴らしい音色を響かせるという。破れ鐘といわれたのは、平安時代、弁慶が鐘を引きずってひび割れができた、とする伝説によったものらしい。いずれにしろ、「ひびの入った名物」が、園城寺花入の隠された意味です。またある説では、最初利休より秀吉に園城寺が献上されたものの、秀吉は気に入らず、庭中の石に投げつけた。その時にできたひび割れだという。しかし、現存の花入を見ると、あきらかに自然にできた雪割れか干割れというべきもので、この説は受け入れられません。


■天地順行に逆らった名品のもたらす運命

秀吉に献上された「尺八」は、利休作には珍しく、竹の上下を逆にして製作されています。その上下のバランスは、少しひねったような歪形と相まって絶妙な美を創出。利休作の名品として、やはり代表的なわび道具というべきでしょう。しかし、平安時代の日本最古の芸道書『作庭記』に、石立てのタブーとして、「自然状態で掘り出した石を天地逆に立ててはならない。その石は霊石となって祟りをおこす」とあります。石ではなく竹ですが、天地を逆に仕立てた「尺八」が、その後秀吉と利休にいかなる運命をもたらしたか。思念はつい飛躍しますが、人智を超えた神品には、なんらかの霊力を感じざるをえません。
「園城寺(鐘)」「尺八」「音曲」。三本の竹花入すべてに、音楽にちなむ銘がつけられたことにも、隠された暗号を読み解きたいという思いを呼び起こされてしまいます。


■水が洩れることで、命はつながる

さて、園城寺のひび割れ。なぜ「この水の洩り候が命」なのでしょうか。たとえば、侘びや数奇という文化をもたない欧米の人たちにどのように説明すべきでしょうか。

純粋に美術的な観点から見れば、それは利休や紹鴎が推進した「破調の美」または「破格の美」という概念にあらわれています。既成概念を逆転し、破壊して、そこに立ち現れてくる斬新さに、今までにない美を見出すこと。現代美術の立脚点と同様なものです。
利休の国焼茶碗・木や竹のわび道具・わび小座敷などはすべてこの思想から創案されました。時にそれらは、従来の価値を積極的に破壊する行為へとつながっていく。
唐物の青磁香炉や重代の花入を意図的に損じたり、欠けさせてその不均衡を賞美する例は、往時の茶書に多くみとめられます。
参照→ 目利きと目利かず 第四回
「破調の美」は、審美的な価値観であるため、比較的伝えやすいもの。後世その美は、歪形道具織部焼の造型に表わされ、珍重されてきました。

さてもうひとつの解釈は、禅と侘びにヒントがありました。「水の洩り候が命」。言葉どおりに解釈すれば、「水は洩れる(流れる)から生きている」。自然界では、一箇所に滞った水はやがて腐り、枯渇していくもの。水は流れるからこそ、生命を生じるのである。現世の流れゆく一分一秒に全生命をかけて悟達をめざす「禅」、そしてそもそも命を未来につないでいく思想であった「侘び」。
参照→ “侘び”の精神は、ケインズ経済学にあり
「禅」と「侘び」。この二つのキーワードと、間断なくしたたり落ちる水のしずくが「生命のイメージ」として一つに結びついていくのです。利休にとって完全無欠な舶載品名物は、命のないただの置き物に見えたのかもしれません。

2010年09月23日 21:18

>>トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://nobunsha.jp/cgi/mt/mt-tb.cgi/157

バックナンバー

名言名句 第五十五回 風姿花伝 男時女時

名言名句 第五十四回 去来抄 句調はずんば舌頭に千転せよ

名言名句 第五十三回 三冊子 不易流行

名言名句 第五十二回 論語 朝に道を聞かば、夕に死すとも可なり。

名言名句 第五十一回 葉隠 添削を依頼してくる人のほうが、添削する人よりも上なのだ。

名言名句 第五十回 申楽談議 してみて良きにつくべし。

名言名句 第四十九回 碧巌録 百花春至って誰が為にか開く

名言名句 第四十八回 細川茶湯之書 何とぞよきことを見立て聞き立て、それをひとつほめて、悪事の分沙汰せぬがよし。

名言名句 第四十七回 源氏物語 老いは、え逃れられぬわざなり。

名言名句 第四十六回 貞観政要 求めて得たものには、一文の値打ちもない。

名言名句 第四十五回 スッタニパータ 人々が安楽であると称するものを、聖者は苦しみであると言う。

名言名句 第四十四回 紹鴎遺文 きれいにせんとすれば結構に弱く、侘敷せんとすればきたなくなり。

名言名句 第四十三回 風姿花伝 ただ、時に用ゆるをもて花と知るべし。

名言名句 第四十二回 葉隠 只今の一念より外はこれなく候。一念々々と重ねて一生なり。

名言名句 第四十一回 ダンマパダ 愚かに迷い、心の乱れている人が百年生きるよりは、知慧あり思い静かな人が一日生きるほうがすぐれている。

名言名句 第四十回 玲瓏集 草木の苦しみ悲しみを、人は知らず。

名言名句 第三十九回 申楽談儀 美しければ手の足らぬも苦しからぬ也。

名言名句 第三十八回 紹鴎及池永宗作茶書 枯木かとをもへば、ちやつと花を咲様に面白き茶湯なり。

名言名句 第三十七回 申楽談儀 面白き位、似すべき事にあらず。

名言名句 第三十六回 徒然草 人の命は雨の晴間をも待つものかは。

名言名句 第三十五回 達磨四聖句 教外別伝。

名言名句 第三十四回 貞観政要 六正六邪。

名言名句 第三十三回 論語 逝く者は斯くの如きか。昼夜を舎(お)かず。

名言名句 第三十二回 歎異抄 薬あればとて毒をこのむべからず。

名言名句 第三十一回 独行道 我事において後悔をせず。

名言名句 第三十回 旧唐書 葬は蔵なり。

名言名句 第二十九回 茶話指月集 この水の洩り候が命なり

名言名句 第二十八回 貞観政要 人君過失有るは日月の蝕の如く

名言名句 第二十七回 貞観政要 即ち死するの日は、なお生ける年のごとし

名言名句 第二十六回 春秋左氏伝 水は懦弱なり。即ちこれに死する者多し

名言名句 第二十五回 史記 怒髪上りて冠を衝く

名言名句 第二十四回 花鏡 せぬ隙が、面白き

名言名句 第二十三回 貞観政要 楽しみ、その中に在らん

名言名句 第二十二回 十七条憲法 われ必ず聖なるにあらず

名言名句 第二十一回 去来抄 言ひおほせて何かある

名言名句 第二十回 龍馬の手紙 日本を今一度せんたくいたし申

名言名句 第十九回 史記 士は己れを知る者のために死す

名言名句 第十八回 蘇東坡 無一物中無尽蔵

名言名句 第十七回 論語 後生畏るべし

名言名句 第十六回 歎異抄 善人なをもて往生をとぐ

名言名句 第十五回 徒然草 し残したるを、さて打ちおきたるは

名言名句 第十四回 正法眼蔵 放てば手にみてり

名言名句 第十三回 珠光茶道秘伝書 心の師とはなれ、心を師とせざれ

名言名句 第十二回 俳諧問答 名人はあやふき所に遊ぶ

名言名句 第十一回 山上宗二記 茶禅一味

名言・名句 第十回 南方録 夏は涼しいように、冬は暖かなように

名言・名句 第九回 柴門ノ辞 予が風雅は夏爈冬扇のごとし

名言・名句 第八回 葉隠 分別も久しくすれば寝まる

名言・名句 第七回 五輪書 師は針、弟子は糸

名言・名句 第六回 山上宗二記 一期一会

名言・名句 第五回 風姿花伝 上手は下手の手本

名言・名句 第四回 葉隠 武士道とは、死ぬことと見つけたり

名言・名句 第三回 南方録 家は洩らぬほど、食事は飢えぬ

名言・名句 第二回 五輪書 世の中で構えを取るということ

名言・名句 創刊 第一回 風姿花伝 秘すれば花なり。

◆言の葉庵推奨書籍

◆言の葉メールマガジン
「千年の日本語。名言・名句マガジン」

「通勤電車で読む、心の栄養、腹の勇気。今週の名言・名句」、「スラスラ古文が読める。読解ポイントの裏技・表技。古典原文まる秘読解教室」などのコンテンツを配信しています。(隔週)

◆お知らせ

ビジネス・パートナー大募集

現在、弊社では各業界より、マーケティング関連委託案件があります。
つきましては下記の各分野において、企業・フリーランスの協力パートナーを募集しています。

◇アナリスト、リサーチャー
◇メディアプラン(フリーペーパー、カード誌媒体等)
◇プランナー、アートディレクター、コピーライター
◇Web制作
◇イベンター、SPプロモーション
◆化粧品・健康食品・食品飲料・IT・通信分野

 

Copyright(c)2005.NOBUNSHA.All Rights Reseved

Support by 茅ヶ崎プランニングオフィス