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名言名句 第四十四回 紹鴎遺文 きれいにせんとすれば結構に弱く、侘敷せんとすればきたなくなり。

 No.60
きれいにせんとすれば結構に弱く、侘敷せんとすればきたなくなり。~武野紹鴎『紹鴎遺文』


武野紹鴎の遺文は、さほど多くはありませんが「珠光心の文」のように、キラリと輝く名言・名句がいくつか残されています。
上は、片桐石州が収集した『紹鴎遺文』に含まれる「紹鴎門弟への法度」十二か条よりの一か条。以下、当句を含む条文をご紹介しましょう。


一 淋敷は可然候、此道に叶へり、きれいにせんとすれば結構に弱く、侘敷せんとすればきたなくなり、二つともさばすあたれり、可慎事
(「紹鴎門弟への法度」片桐石州収集の『紹鴎遺文』。西堀一三氏私蔵写本より)


〔現代語訳〕
一 自ずから至る寂(さび)こそこの道にかなう。きれいにせんとすれば華美で弱く、侘しくせんとすれば汚くなる。この二つは、強いて寂びさせんとするゆえである。慎むべし
(水野聡訳 能文社2013年)


前回言の葉庵日記、「千利休の聖と俗」でご紹介したように、利休の侘びは、複雑極まる価値観と高度な美意識に裏打ちされており、ひと言で説明できるようなものではありませんでした。
その価値体系は、師である紹鴎、さらに室町時代の珠光から一握りの高弟のみに連綿と口伝されてきたもの。
上の一文で、紹鴎は〔寂び〕の定義を弟子に伝えんとしています。

きれいに過ぎれば弱く、侘びしくせんとすれば汚くなる

なぜこのようにほどよく「寂びる」ことが難しいのか。紹鴎はその原因を「強いて寂びさせんとする」ことにあると指摘しています。経験を重ね、修行を積み、人格を磨き、もはや寂びや侘びなどという意識がすべて抜け落ちて、ようよう自然と「寂び」ていくことが本来である、というのです。

きれい ←→ 弱い
侘び ←→ 汚い

これらは、修行を積んだ経験者であっても陥りやすい、一つの概念の表裏関係です。

世阿弥は能芸の「強さ・幽玄・弱さ・荒さ」の違いをわきまえることが肝要である、と説きました。(『風姿花伝』第六花修云)

強い ←→ 荒い
幽玄 ←→ 弱い

たとえば鬼のような動的かつ劇的な演目を、能芸の根本である〔幽玄〕を知ることなく、ただひたすら強々と演じた時、その芸は観客の目に決して「強く」映ることはなく、ただ荒い芸としか感じられません。また、芸力の伴わぬ役者が、ひたすら〔幽玄〕を目指し、美しく優雅に舞うことだけを考えて演じた時も、観客には「幽玄」はまったく感じられず、「弱い」としか映らず、退屈してしまうもの、と世阿弥はこの関係を理論化しました。

この境目にこそ、至芸と無芸、名物道具と駄作の違いが潜む。この境目に、達人と凡人の違いがあきらかに際立つのです。そしてその境目を見抜くことは、実行することと同じくらいに困難です。ここに日本文化の〔目利き〕が生れました。


以下に「紹鴎門弟への法度」全12か条をご紹介しましょう。

〔原文〕

一 茶の湯は深切に交る事
一 礼儀正敷和らかにいたすべき事
一 他会の批判申間敷事
一 高慢多くいたす間敷事
一 人の所持の道具所望申間敷事
一 道具を専に茶の湯いたし候は甚だ不宜事
一 会席は珍客たりとも茶の湯相応に一汁三菜に過べからざる事
一 数奇者は捨れたる道具を見立て茶器に用候事、況や家人をや
一 茶の湯者の茶人めきたるはことの外にくむこと
一 数奇者といふは隠遁の心第一に侘て、仏法の意味をも得知り、和歌の情を感じ候へかし
一 淋敷は可然候、此道に叶へり、きれいにせんとすれば結構に弱く、侘敷せんとすればきたなくなり、二つともさばすあたれり、可慎事
一 客の心に合ぬ茶の湯すましき也、誠の数奇にあらず、我が茶の湯と言所を心得専要、又、客に手をとらする事あしく候

(『茶道古典全集 第三巻』淡交社 昭和35年11月 「紹鴎遺文」西堀一三)


〔現代語訳〕

一 茶の湯は人と人、深い心で交わること
一 礼儀正しくなごやかなこと
一 よその会の批判は無用
一 自慢せぬこと
一 人様の道具をほしがらぬこと
一 道具のみの茶の湯は、はなはだよろしからず
一 会席はたとえ高貴な客人であっても茶の湯の分限にて。一汁三菜に過ぐべからず
一 数奇者とは、誰もかえりみぬ道具を見立て茶器に用いる。人の見立ても同じこと
一 茶人ぶった茶の湯者ほど憎まれるものはない
一 数奇者とは、隠遁の心を第一に侘び住まいし、仏法を心得、和歌の心にも通じるもの
一 自ずから至る寂(さび)こそこの道にかなう。きれいにせんとすれば華美で弱く、侘しくせんとすれば汚くなる。この二つは、強いて寂びさせんとするゆえである。慎むべし
一 客の心に合わぬ茶の湯をなすまい。まことの数奇ではない。まず己の茶の湯を知ることである。また、客人に決して手伝わせてはならぬ

(水野聡訳 能文社2013年)


最初の5か条は、茶の湯のみならず基本的な人間修行の大本として、現代の私たちも見習い、日々実行したい内容です。
「深い心で交流する」「礼儀・正直・和やか」「他人を批判せず」「高慢にふるまわず」。みな当たり前のことですが、当たり前のことができなくなってしまった時代が空恐ろしいように感じられます。
今回名句として取り上げませんでしたが、とりわけ第八条に心惹かれます。

一 数奇者は捨れたる道具を見立て茶器に用候事、況や家人をや

物を見立てることは、まさに人を目利きすることと同じ。この世のすべての物に命が宿る「山川草木悉皆成仏」、本覚思想が底流する、日本人の生命論理の発露といえましょう。

捨てる神、拾う神。

誰も見向きもしない道端の小さな石ころ一つにさえ、存在価値があり、他の世にある何物にも代えがたい意味と独自性がある。
「侘び」とは連綿と続く、日本とアジアの生命讃歌に他ならないことを、紹鴎12か条が今、思い起こさせてくれるのではないでしょうか。


【関連リンク】

“侘び”の精神は、ケインズ経済学にあり。

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2014年01月13日 20:26

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