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名言名句 第十四回 正法眼蔵 放てば手にみてり

 No.27
 放てば手にみてり

 No.28
 其の知には及ぶ可くも、其の愚には及ぶ可からず

~道元『正法眼蔵』、『禅林句集』

No.27 放てば手にみてり
『正法眼蔵』(弁道話)道元

[解説]
つくづくと感心するばかりです。名言は本当に人類の宝だなあ、と。
「放てば手にみてり」
一度手を放してごらん。そうすれば、もっと豊かで、本当の真実の宝が両手にあふれるほど、やってくるから。これは、曹洞宗開祖、道元禅師のことば。名言とは、なにゆえ名言か。そのものさしを二つあげれば。

1.時代と国、民族を越え、すべての人に普遍的な真理を与える
2.死ぬほど苦しみ、悩み、悲しんでいる、すべての人に救いの光を投げかける

この句は、勉学、研究、仕事、事業、経営、人間関係、恋愛など、あらゆる人間の営みと、それが引き起こすあらゆる苦難に向けたもの。壁に行き当たり、すべての手段、すべての努力を延々と続け、ついに力尽き、にっちもさっちも行かなくなった人に、最後の手立て、「それ」を「手放す」勇気を教えてくれます。

ただ、断念し、放棄するわけではありません。あきらめることは、もっと根の深い「執着」を後々までも引きずること。自分にとって命の次に大切な「それ」の存在そのものをからっ、と空白にすることです。

さて、名言の名言たるゆえんは、受け取る人それぞれにより応用がきくこと。何も人生の最重要局面においてばかりではなく、「放てば手にみてり」は、小さな戦術としても、実によく役に立ちます。同種の発想は、戦国末期もっとも冷徹なリアリストであった、宮本武蔵『五輪書』にも見ることができます。

一 四手を離す
 四手を離すとは、敵も自分も同じ状況になり互いににらみ合って、戦いが膠着してしまっている状態。このときにらみ合っているなと悟ったらその心を捨て、別の方法で戦局を打開することをいう。集団の兵法でも四手の状態になれば、戦線が膠着し兵力も損傷するものだ。一時も早く考え直し、敵の意表をつくような方法で事態を打開することが最優先課題だ。また一対一の兵法でも四手になっていると思ったら、即座に発想を転換し、敵の状況を見極めて、全く別の手段で思い切って出ることが肝心だ。よくわきまえなさい。

一 生まれ変わる
生まれ変わるとは、自分と敵が戦い混戦模様に陥り決着が付かない時、それまでの経緯を忘れて物事が生まれ変わったように、新しく生まれたリズムで勝利を得ることだ。生まれ変わるとは、常時敵と自分が不協和音を出していると感じたとき即座に心を一新し、全く別の方策で勝つことだ。集団の兵法でも生まれ変わるという戦術を認識しておきたいものだ。兵法の方法論を応用すればすぐさま理解できるだろう。よく考えて見なさい。
(『強く生きる極意 五輪書』火の巻 2004.PHP)

ここで注意しておきたいのは、「手に満ちる」ものは、外からやってくるもの、何もない空間からいきなり現れ出るものではない、ということ。両手のひらいっぱいに、キラキラ輝き、こぼれんばかりに満ち溢れる宝は、あなたの中からやってくるものです。その宝の道筋を今までふさいでいたもの、長年後生大事に握りしめていたもの、それを握りしていたため、他の何もつかむことのできなかったもの。思い切って手を開き、つくづくと眺めてみましょう。

「なんだ。こんなモノをつかんでいたのか」

[原文]
 諸仏如来、ともに妙法を単伝して、阿耨菩提を証するに、最上無為の妙術あり。これただほとけ仏にさづけてよこしまなることなきは、すなわち自受用三昧、その標準なり。この三昧に遊化するに、端坐参禅を正門とせり。この法は、人人の分上にゆたかにそなわれりといへども、いまだ修せざるにはあらわれず、証せざるにはうることなし。はなてばてにみてり、一多のきわならんや、かたればくちにみつ、縦横きわまりなし。
『正法眼蔵』第一巻「弁道話」

解題はこちら


No.28 其の知には及ぶ可くも、其の愚には及ぶ可からず
『禅林句集』、『論語』巻第三

[解説]
努力すれば貴殿も智者には何とか近づけよう。が、いくら努力しても愚者にはなれまいよ。
禅の名句を集めた『禅林句集』にあることば。しかし、オリジナルは『論語』巻第三公治長第五の一節にある。孔子の言葉です。

子の日わく、甯武子、邦に道あれば即ち知、邦に道なければ即ち愚。其の知は及ぶ可きなり、其の愚は及ぶ可からざるなり

(子が云われた「衛の大夫、甯武子は国が治まっている時には智者となり、国が乱れる時には愚者となって過ごしたという。賢者のまねはできようが、愚者のまねはとてもできるものではない」と。)

禅の道では時として「愚」は「聖」と同等の意味をもつように思えます。たとえば、一休宗純の後半生は、破戒であり「愚」そのものでした。(並の人の目から見れば、ですが)良寛は自らを「大愚良寛」と称しました。また、禅宗外では、伝教大師最澄は比叡山に天台宗を立てる「願文」として、

 是に於いて、愚が中の極愚、狂が中の極狂、塵禿の有情、底下の最澄

と、自らを徹底的に罵倒し尽します。親鸞もおのれを「愚禿」と呼び、一刀両断しました。
「知」は自己肯定。自らを高めるもの。「愚」は自己否定。われを貶め、低くするもの。禅宗、仏教、キリスト教、原始宗教…。すべての宗教の共通目的は衆生済度、つまり人間を救うことにあります。他者を救う時、自らを高みに置き、下にいる人の髪を引っつかんで引き上げてやるのか?それとも、わが身を人より一段と低くし、おのれの背、頭を踏み台として、溺れる人を持ち上げ救うのか?
どちらが尊いか、いうまでもありませんね。禅宗三十八祖、洞山良价の『寶鏡三昧』に、

 潜行密用は、愚の如く魯の如し、ただ能く相続するを主中の主と名づく

の句があります。良い行いはひそかに実行するもの。それはけだし、愚者のごとく間抜けのごとく目に映ろう。しかし、ひたすらこれを守り続ける者こそ、まことの禅の道を行く者であり、正しい人間のあり方なのだ、という意味。

『葉隠』に、典型的な曲者(剛勇と慈悲をあわせもつ、つわものの意)として描かれる、志田吉之助。旧領主龍造寺家中一の切れ者として、主君亡き後、鍋島家家老に随身を懇望されますが、時に「作り馬鹿」をよそおい、時に「欲深」「臆病」を演じ、生涯鍋島家への雇従を拒み続けます。一生の間、目薬売りをしてせっせと集めた財をすべて投げ出し、主君の菩提寺に山門を寄進。自身は主君の霊廟のかたわらに小さな庵を結び、ついにここで朽ち果てます。「知」も「勇」もからりと捨て去り、一筋に「愚」を貫き、旧主への忠を身をもって新領主に伝えんとしたものでしょうか。

このように見ていくと「愚」はまさに成し難い。もとより何もない、からっぽの「愚」ではなく、ぎゅうぎゅうに詰め込んだ一切合財をすべて放下した、真空地帯こそここでいう「愚」なのです。
この「愚」には、目も鼻も口も耳もなく、ただ二本の足がついている。まっすぐに行くべき道を行き、やがて力尽きた地点で倒れるのみ。しかし、後を行く者に、確かな道筋だけは作ってくれるのです。

2007年10月13日 08:24

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