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名言名句 第三十五回 達磨四聖句 教外別伝。

 No.52
教外別伝。
~菩提達磨「達磨四聖句」

〔解説〕
「教外別伝(きょうげべつでん)」は、達磨大師のことばとされています。その一般的な解釈は、
「文字や言葉にたよらず、師より以心伝心、直接心に伝えられるものの中にこそ、真実がある」
というもの。禅宗でもっとも重んじられる〔達磨の四聖句〕の中の一つで、それらは以下となります。

●教外別伝
●不立文字(ふりゅうもんじ)
禅宗では、経典などに書かれた文字の教えを重んじることはない。坐禅などにより自ら直接真理を体得することを教えた言葉。
●直指人心(じきしにんしん)
あれこれ思いをめぐらせず、坐禅により自らの心を直接見つめることが何より大事である。
●見性成仏(けんしょうじょうぶつ)
自らの中に本来備わる仏性に気づくこと。そしてそれを通じて真の悟りにいたることができる。

これらは、そもそも釈迦の教えであるともいう。多くの禅宗の伝書に見られるこれら四句は、達磨の没後に禅門各宗にて標語として掲げられ、唐あるいは宋代に〔達磨の四聖句〕として定められたと伝えます。

これら四句はその主旨により、2つのグループに大別される。もっとも大事な教えは文字や理論では決して伝えられない「教外別伝」と「不立文字」、そして、自らの中に仏性を見つけ悟りを得る「直指人心」と「見性成仏」の、それぞれ2句、2グループです。

さて、わが国曹洞宗の開祖、道元は「教外別伝」について以下のように解釈しています。

ある漢いはく、釈迦老漢、かつて一代の教典を宣説するほかに、さらに上乗一心の法を摩訶迦葉に正伝す、嫡嫡相承しきたれり。しかあれば、教は赴機の戯論なり、心は理性の真実なり。この正伝せる一心を、教外別伝といふ。三乗十二分教の所談にひとしかるべきにあらず。一心上乗なるゆえに、直指人心、見性成仏なり、といふ。
『正法眼蔵』「仏教」巻

三乗十二分教は、仏教哲学や経典など、釈迦の教えを言葉で伝えるもの。かたや摩訶迦葉のみに伝えられた「正伝せる一心」こそ理性の真実であり、一心ゆえに「直指人心」「見性成仏」と同じ見地である、と道元は説きます。

「教外別伝」の類義語として、「不立文字」のほかに

「以心伝心」
「拈華微笑(ねんげみしょう)」

があります。今日一般的な四字熟語として広く流通する「以心伝心」は、禅宗第六祖慧能の説法集『六祖壇経』が出典。

法は則ち心を以て心を伝え、皆自ら悟り自ら解せしむ。

上の文より引用され、今日、仏教の「真理」や「法」という原義をはなれ、「言葉を用いないコミュニケーション」として、通俗化、定着した熟語です。

そして、「教外別伝」「不立文字」「以心伝心」のもととなるのが、「拈華微笑」という、釈迦と弟子のエピソード。禅宗においてもっも重要な公案問答集、無門慧開『無門関』に収められる、第六則「世尊、花を拈ず」の公案をご紹介しましょう。

〔原文〕
世尊、昔霊山会上に在りて、花を拈(ねん)じ衆に示す、是の時衆皆な黙然たり、惟だ迦葉(かよう)尊者のみ、破顔微笑す。
世尊云く、吾に正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)、涅槃妙心(ねはんみょうしん)、実相無相、微妙の法門、不立文字、教外別伝有り、摩訶迦葉に付嘱す。

〔訳文〕
かつて世尊が霊鷲山で説法された時、一輪の花を聴衆に示された。しかし大衆はみな意味がわからず沈黙するばかり。ひとり迦葉尊者のみ、思わず破顔し微笑んだのだ。
世尊はいわれた。
「私には深く秘められた真理を見る眼、決して説くことのできぬ覚りの心、無相ゆえ肉眼で見ることができぬ不可思議な真実在がある。これを文字によらず言葉によらず、教えの外の別伝として、たった今摩訶迦葉にゆだねた」。

世尊は釈迦仏、迦葉尊者は釈迦十大弟子の摩訶迦葉のこと。無言の釈迦が、すっと指し示した一片の花を見たとたん、迦葉はたちどころに真理を悟り、「ああ。これだったのですね」と破顔したというのです。これが、「拈華微笑」の逸話。ちなみに、宋代に成立したこの『無門関』第六則に見えるとおり、「教外別伝」「不立文字」は、禅門においてすでに標語化され広く伝えられていたことがわかります。

「大事なものは、言葉では伝えられない」。禅や仏教をはなれても、日常生活の様々な場面で私たちは、これを体験しているのではないでしょうか。
たとえば、言葉を用いない芸術や芸道分野。美術や音楽の天才、あるいは舞台芸能の名人は往々にして一代限りです。

「教外別伝」「不立文字」を私たちに実感として、とてもよく伝える『荘子』の逸話を最後にご紹介しましょう。

〔原文〕
桓公、書を堂上に讀む。輪扁、輪を堂下に斲る。椎鑿を釋きて上り、桓公に問ひて曰く、敢へて問ふ、公の讀む所は何の言と爲すや。公の曰く、聖人の言也。曰く、聖人在り乎。公の曰く、已に死せり。曰く、然らば則ち君の讀む所は、古人の糟魄なるのみ。桓公曰く、寡人の書を讀むに、輪人安んぞ議するを得ん乎。説有らば則ち可なり、説无くんば則ち死せん。輪扁曰く、臣や、臣の事を以って之を觀るに、輪を斲るに、徐なれば則ち甘くして固からず。疾なれば則ち苦にして入らず。徐ならず疾ならざるは、之を手に得て心に應じ、口に言ふ能はず。數の其の間に存する有り、臣以って臣の子に喩すこと能はず。臣の子も亦、之を臣より受くること能はず。是を以って行年七十にして老いて輪を斲る。古への人と其の傳ふ可からざるものとは死せり。然らば則ち君の讀む所は、古人の糟魄なるのみ。
『荘子』外篇 卷五中 第十三 天道


〔訳文〕
桓公が堂上で読書をしていた。車輪作りの扁は堂下で作業していたが、槌と鑿を置いて堂上に登り、桓公に尋ねた。
「公がお読みになっている本には何が書いてあるのですか。ぜひお教えください」
公は言った、
「聖人の言葉である」
「その聖人はまだ生きているのですか」
「いや、すでに亡い」
「それでは君が読んでいるのは、ただの古人の残りかすですね」
桓公は言った、
「我が読書をすることに、車大工が意見しようというのか。なぜそのようにいったのか説明できれば許す。さもなくば死を与えん」
輪扁は言う、
「臣は職人の経験からそのように申しました。車輪の軸穴をゆるく作れば軸が固く締まらず、逆にきつく作れば今度は軸が穴に入りません。ゆるくもなくきつくもないはまり具合というものは長年の手仕事によってやっと得心できるようになるもの。口では説明できません。理屈も確かにあるとは思いますが、臣は息子にそれを伝えることができません。息子もまた、これを受け継ぐことはできません。ゆえに臣は七〇歳になっても、自ら車輪を削っております。
古の聖人と、言葉で伝えることができないものは、もはや死にました。それならば公の読んでおられるのは、古人の残りかすだけではありませんか」
(訳文 能文社 2012)

2012年05月28日 18:07

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