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名言・名句 第六回 山上宗二記 一期一会

 No.11
 一期一会。

 No.12
 上を粗相に、下を律儀に。

~山上宗二『山上宗二記 現代語完訳』能文社


第六回は、『山上宗二記』より、これらの名句を。山上宗二は、利休侘び茶をもっともよく理解し、これを体現、実践した利休の高弟です。『山上宗二記』は自著を残していない利休に代わり、その侘び茶の作法、心を一番弟子が正確に記録、後進に伝えたもの。

さて今回もクイズ。『山上宗二記』そのものより、ある意味有名なこれらの句、本当の意味を調べてみましょう。


第一問 「一期一会」の正しい用法を、下より選んでください。

1. 今日の田中先生の講義は、これが最後らしい。まさに一期一会だ。
2. 今日の練習は先週と同じ顔ぶれだ。でも、一期一会でのぞもう。


[正解と解説]
 正解は、2.の「今日の練習は先週と同じ顔ぶれ…」です。「一度きりの出会い」ととらえるならば、1.も正解に思えます。でも本当の意味は、「人と人の出会いに、同じ組み合わせはない。決して同じ出会いはない」ということ。
哲学的になりますが、この世に変化しないものはない。時間とともに刻一刻と人も、すべてのものも変化します。一見、固定、形式化され、不変のように見える能と茶の最大の共通概念が、この一期一会であるとされる理由がこれ。能の例でいえば、たとえ同じ演目・同じ演者・同じ観客であっても、気候・時間・場・個人のコンディションなどにより、そこには著しく異なった舞台が繰り広げられます。
 茶も同様。同じ主客の顔ぶれであっても、昨日と今日、同じ茶になることはありえない。生涯に一度、今この瞬間は二度とない。ましてや、利休の時代は戦乱のただなか。今、目の前で茶を喫する客人も、明日は戦陣。ふたたび相見える保証はどこにもないのです。二度とない、どんな大名物よりも貴重な、輝くこの一瞬を、ともにもてたことに感謝し、静かに一椀をまわしあう。今生の別れの客人をぞんざいに遇する人などいるでしょうか。
「一期一会」は、毎日会う人をこそ、大切にせよ、と教えてくれます。


[本文抜粋]
 客の振る舞いこそ、一座建立 の要である。細部にわたって秘伝の多いもの。初心者のため、その意義を紹鷗は語り伝えた。ただし、当時このように教えることを宗易は嫌ったもの。それで、夜話のついでにぽつりぽつりと語ったのである。一番大事なことは、朝会夜会に寄り集まった間合いであれ、道具披き、口切の茶会はいうにおよばず、普段の茶会であっても、露地に入り、露地より出づるまで、一期に一度の会と思い、亭主を畏敬することである。世間話は無用。夢庵 の狂歌、

  わが仏 隣の宝聟(むこ)舅(しゅうと) 天下の軍(いくさ) 人の善悪

 この歌にて心得るべきである。もっぱら茶の湯の事、数寄談義を語るべし。

第二問 「上を粗相に、下を律儀に」の正しい意味は?

1. 上役とは一線を引き、目下を大事にすることで道が開けてゆく。
2. 上位のもの(人)は適宜あしらい、下位のもの(人)に、細かく心をくだくべし。


[正解と解説]
 宗二記「茶の湯者覚悟十体」の内の第一項目にあることばです。この句のあと、「これを信念とする」とあります。
正解は2の「上位のもの(人)は適宜あしらい…」です。もとより侘び茶の精神は、出世、栄達とはなじみません。この句の「上」「下」の対象を「人」とだけとらえると解釈を誤ります。利休、宗二には権力におもねる気など毛ほどもありません。同じ章に「われより上の人と交わるがよい。人を見知って伴うものだ」とあり、これら二つの句を「人」ととらえると矛盾し、混乱してしまいます。
 ここはまず「もの」とします。
 村田珠光のことば、「藁家に名馬繋ぎたるがよし」(宗二記「師に問い置いた秘伝と拙子の注」より)。そして、「追加十体」にある「名物を用いて、粗相に見えるように点前することが大切である」。これらの句では、名品・名物をわざと雑に扱い、”やつす”ことに侘び茶の根本精神を説いています。「上を粗相に、下を律儀に」は、まず茶道具=ものの扱いとする。「上位の名品は粗相に見せ、通常の道具をとり合わせ、心をこめ真剣に点前せよ」が、第一番めの意味。
 次に対象を「人」へと転じる。
 しかし、ここは言葉どおり「上等な客を雑に扱い、身分の低い客を手厚くもてなす」とはなりません。そもそも、にじり口より頭を下げて席入りする客に、侘び茶は差別しません。つい貴人や権力者にはおもね、下等な客人を見下そうとしがちな心をいましめるものです。その心理バランスをとる極意として、内心に「上を粗相に、下を律儀に」。こう唱えるべし。これが、この句の真意です。「粗相に」がものを連想させ、「律儀に」が人を連想させる。これが最初のつまずきの石でした。
 名句は味わい深く、短い句に多義的な意味がこめられており、解釈が一筋縄ではいかない好例といえるでしょうか。


[本文抜粋]
 茶の湯者覚悟十体

一 上を粗相に、下を律儀に。これを信念とする。

一 万事にたしなみ、気遣い。

一 心の内より、きれい好き。

一 暁の会、夜話の会の時は、寅の上刻 より茶の湯を仕込む。

一 酒色を慎め。

一 茶の湯のこころ。冬・春は雪をこころに昼、夜ともに点てる。夏・秋は初夜 過ぎまでの茶席を当然とする。月の夜は、われひとりであっても深更まで釜をかけおく。

一 われより上の人と交わるがよい。人を見知って伴うものだ。

一 茶の湯では、座敷・露地・環境が大事である。竹木・松の生えるところがよい。野がけには、畳を直に敷けることが大事となる。

一 よい道具を持つことである。(ただし、珠光・引拙・紹鷗・宗易などの心に掛けた道具をいう)

一 茶の湯者は、無芸であること一芸となる。紹鷗が弟子どもに、
「人間六十が寿命といえども、身の盛りはわずか二十年ほどのこと。絶えず茶の湯に身を染めてはいても、なかなか上手になれはせぬ。いずれの道でも同じである。まして他芸に心奪われては、皆々下手となってしまおう。ただし、書と文学のみ、心にかけよ」
 といわれた。

山上宗二記はこちら

2006年06月08日 23:46

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