心にしみる名言、知恵と勇気がわいてくる名文を、千年の古典名著から毎回お届けしています。
No.64
何とぞよきことを見立て聞き立て、それをひとつほめて、悪事の分沙汰せぬがよし。~細川忠興『細川茶湯之書』
細川家の茶の湯伝書、『細川茶湯之書』からの一句です。
当句を含む段落を、原文と現代語訳でご紹介しましょう。
〔原文〕
其の日の数奇の算段、善悪、所をさして云ふべからず。出来れば勿論、不出来なるとも、亭主の腹立たせざる様に、きれいなるとか、すきなとか、何とぞよきことを見立て聞きたて、それをひとつほめて、悪事の分沙汰せぬがよし。其の仔細は、とかく数奇の上手にはなられぬこと必定なり。自然よしと云ふ者あれども、一方より又ほめぬなり。其の上仕得ることは少なく、自然もよきことは仕合せなり。
(『茶道古典全集』第十一巻 淡交新社)
〔現代語訳〕
その日の茶事の進行や、出来不出来についてつべこべいってはならぬ。
出来たならいうまでもなく、たとえ不出来であったとしても主を立腹させぬよう、きれいであった、数奇であった、などとどうにかして良い点を見立て聞き立てて、それをひとつほめるもの。間違いには触れてはならぬ。
とかく茶の湯の上手には、なれぬことと決まっている。まれに良かったといってくれる人があったとしても、一方ではほめぬもの。それ以上にはどうしても出来ぬわけだから、万にひとつでも良いことがあれば、それで幸せというものである。
(現代語訳 水野聡 2014年9月)
細川忠興(三斎)は、利休七哲の一、戦国きっての数奇者でした。
上の一段は、忠興の茶の湯に対する信念が端的にうかがい知れる好文章です。
とかく数奇の上手にはなられぬこと必定なり。
たとえば今、上の〔数奇〕に自分自身の職業や得意分野をあてはめてみれば、すべての人に通じるのではないでしょうか。
当時の〔上手〕とは、現代でいう〔名人〕クラスの人。生涯努力しても名人になれるのは、何万人に一人か二人程度。
「上手にはなられぬこと必定」を悟った上で、とかく欠点や悪事しか見えない平凡な他者から、たったひとつの美点を探し出し、それをほめよ、と忠興は利休に教えられたのです。
『山上宗二記』では、茶事は一期一会、平凡な客、初心の人をも〔名人〕と怖れ敬い、心よりもてなすことが真の茶の心と説いていました。
忠興の父幽斎は、戦国一の数奇大名。文武両道、十芸に通じ、古今伝授の相伝まで受けた、万能型名人でした。
たった一つの美点を見つけほめる
名人にはなれぬゆえ一つだけでも良い点があれば幸せ
オールマイティな父の背を見て育った忠興。自らは己を知り、才を誇らず、分限を守り、しかし信ずるものは死んでも守り尽くした。これが戦国期を奇跡のごとく生き残り、現代に名家をつないだ忠興のナンバー2の美学だったのではないでしょうか。
以下、『細川茶湯之書』よりいくつか忠興の茶の湯と人となりをよく伝える逸話をご案内してみましょう。
〔原文〕
一 数奇の上手と云ふは、炭花点前よく候までにては上手とは申さず。とかく勿体次第(心がけ次第)との義なり。第一目明き候はずば、物ごとに上手とは申されぬよしなり。
一 亭主話をするに、たとへばわやめくとも、心をうつさず張り弓の如く、心をきつともち、うしろのかべに寄りかかりせぬやうに、こしをつよくきつと居るべし。
一 釜をかけて歪みを問ふ時、巧者より見てなをすべし。初心の者歪むとも知らぬ体にてよし。客は亭主の気に入り、亭主は客の心に思い合いて、双方心の合いたる時、数奇は出来るものの必ず下手は亭主の悪事を見つけ、亭主は客の非難見つけたがる故に、数奇も不出来、向後には互いにそしりあひ、我人の恥をあらはし、聞き苦しきものなり。
一 むかしは必ず出さるる物を食いきり、跡を湯にてすすぎ何も残さず食いきり、きれいにしたり。今も其の分よし。さりながら、残りても苦しからず。さもあらば食いさがす(食べ散らかす)よりは、初めより箸をかけぬもよし。食いさがしたらば蓋をして、見えぬやうにいたせば心つきてやさしく見ゆる物なり。
一 心、身持ち直ぐにきれいに。よろず油断なく、常にも人のよき者といはるるかたぎは数奇者なり。
(『茶道古典全集』第十一巻)
〔現代語訳〕
・茶の湯の上手という者は、炭点前や花点前ができるというだけで、そのようにいわれることはない。とにかく心がけ次第とされるのだ。
まず目が利かねば、なんといっても上手とはいわれぬそうな。
・主が話しかけた時、無理無茶を返されようとも、心を動かさずに張った弓のごとく、きっともち、後ろの壁に寄りかからず腰をぐっと強くして座っておれ。
・主が釜を据えて歪みをたずねる時は、巧者が見て直してやるがよい。初心の者が見て歪んでいても素知らぬ顔をしているものだ。
客は主の気に入り、主は客の心にかない、互いに心の通じ合った時、数奇はできるものである。
しかし往々にして、下手は主の過ちを見つけ、主は客の欠点を見つけたがるがゆえ、数奇も不出来、以降互いに謗りあい、相手の恥をさらけ出し、聞き苦しいものとなっていく。
・昔は出されたものは食べきった。食後の器には湯を注ぎ、何も残さずきれいに食べきったものだ。
今もこのやり方がよい。しかし残しても良い時がある。食べ散らかすよりは、むしろ最初から箸をつけぬがよい。もしも食べ残したなら、蓋をして見えぬようにせよ。心が利いて上品に見えよう。
・心と身体をまっすぐ、きれいにせよ。万事油断せず、日ごろからあの人は人物である、といわれるのが数奇者である。
(現代語訳 水野聡)
2014年09月25日 11:52
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