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名言名句 第四十回 玲瓏集 草木の苦しみ悲しみを、人は知らず。

 No.57
草木の苦しみ悲しみを、人は知らず。
~沢庵宗彭『玲瓏集』


沢庵宗彭、『玲瓏集』の一句です。原文は、
「かれ(草木)がいたみかなしびを、人しらず」
となっています。
この句を含む段落を現代語訳にてご紹介しましょう。


〔現代語訳〕

・栗や柿などの実をたとえとして考えてみよ。
 これらに苦しみも悲しみもない、と思うのは人間の側からの考えである。栗や柿の身には、苦しみも悲しみも本来備わっているはずだ。
 草木が苦しんでいる有様は、人間が苦悩する姿と変わることはない。たとえば水を遣ってみれば、いきいきとして喜んでいる姿が見られよう。しかし伐れば、地に倒れ葉がしおれていく様が、人が死んでいく姿と同じである。

 草木の苦しみ悲しみを、人は知らず。
 草木もまた、人がわれを見るごとくに、人には苦しみも悲しみもないのだと感じていよう。かれのことをわれ知らず、われのことをかれ知らず。ただ、それだけのことである。このことは儒書にも書かれている。


・植物の北側に壁や塀があれば、この植物は枝葉を南に伸ばしていく。これにより、植物に目はなくとも障害物を知る力のあることがわかる。夜に閉じ、昼に開く百合の花を、人の眠りと目覚めにたとえるが、百合のみにあらず、すべての草木のうち一つとしてこの理をもたぬものはない。

 心をつけて見ぬゆえ、何も知らずに終ってしまうのだ。草木のことまですべて知り尽くせるのが聖人の智である。おおかたの粗雑な心では何もわかるまい。

 有情非情、心のあるなし、という区別はいいかげんなものに過ぎぬ。すべての物に心がないわけではない。心の形が違うからといって、心がないなどといえようか。
 鶏は寒い時には木に上る、鴨は寒い時には水に入る。鶏から見れば、水に入る鴨には寒さがないように思える、また鴨から見れば、木に上る鶏は寒さがないのかと思う。互いに心が違うだけのこと。
 水は冷たいことが本性であり、火は熱いことが本性である。火からいえば、水には本性なし、水からいえば、火に本性はないように思えようが、いずれにとってもそれらがまことの本性であり、本性がないとはいえぬ。

(沢庵宗彭『玲瓏集』水野聡訳 能文社2013年5月)

沢庵宗彭は、江戸初期のもっとも高名な禅僧です。柳生宗矩に与えた『不動智神妙録』は、初めて剣禅一如思想を説いたものとして、武士道をはじめその後の日本精神文化形成に大きな影響を与えました。

沢庵の『玲瓏集』は、仏教に軸足を置きながら、儒教・道家・神道など幅広い視野から人間存在を通覧し、その本質的根源に迫ろうとしたものです。

「名言集」が発刊されていることからわかるように、沢庵の教えはたとえが多く、一般の人にも理解しやすいことが特徴。この段落も、人とは何か、心とは何かという永遠の命題に対して、鳥獣・草木の例を引き、心にすとんと落ちる明確な解を提供してくれます。

草木国土悉皆成仏

ぼくたち日本人にとって、なじみの深い天台本覚思想。もとは涅槃経の「一切衆生 悉有仏性」より生まれてきたものでした。草木はおろか、石や山川、国土などの無機物にいたるまで、この世のあらゆるものは仏性をもち、みなみな成仏できると説いています。

沢庵はここから、草木には心はあるのか、悲しみや苦しみはあるのか、と問いかけますが、仏教の教義を討論することが目的ではありません。
人はとかく己の目だけで見、心だけで感じ、ちまちまとこしらえあげた物差だけで、ものごとすべてを測ろう、知ろうとするもの。よって人生七十年、

「何も知らずに終ってしまう」。

卑俗ないいかたをするなら、相手の身になってものごとを見よ、感じよ、とでもなりましょうか。また、その見方はおそらく、目に映る〔用〕ではなく、表に現れぬ〔体〕を観よ、ということ。この〔体〕とは、人や鳥獣(あるいは草木も)でいえば心、水や火・光など自然現象でいえば本性(本質)のことです。

これらをまことに観て、知ることができれば、剣術者であれば敵に斬られるはずがなく、能役者であればどんな観客の心にも花を咲かせ、茶人であれば主客自ずと互いの心にかなう真の茶にたどりつくことでしょう。

単に「見る」「知る」「考える」というと、簡単なことのようにも思えますが、ぼくたち凡人は己の体すら実はよくわかっていない。沢庵は子供にもわかるやさしい語り口で、
「まずは自分を見なさい」
と教えてくれているのです。

2013年05月10日 18:03

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