心にしみる名言、知恵と勇気がわいてくる名文を、千年の古典名著から毎回お届けしています。
その3
世の中で構えを取るということは敵がいない時のことである。
その4
速いと感じるのは物事が正しい拍子に合っていないので、ずれた分だけ速いとか遅いとか思うのである。
~宮本武蔵「五輪書」風の巻より。
[解説]
五輪書は剣聖、宮本武蔵の代表的な著作です。地・水・火・風・空の全五巻より成る、兵法の秘伝書。なかでも第四巻、風の巻では他流の剣術を客観的に論証、評価し、剣技や勝敗の本質を鮮やかに解明しています。ここでは、この風の巻より「構え」「速さ」という概念をあくまで数々の実戦を潜り抜けてきた達人だけが表現できる至言として取り上げました。
その三「構えを取るということは敵がいない時」は、刀の構えに重きを置く他流派の教義を論破する段落です。武蔵はまず構えとは、用心のためであると定義。構えのために型や規則をつくることは、そもそも兵法勝負の世界にはないと断言します。何よりも構えることで、相手の攻撃、先手を待つ心が生まれ、先手必勝を第一義とする兵法の道に逸れること。また、有構無構の境地で防御の柵をも引き抜き、振り回して敵を打つほどの気構えをもつことが大事だと説きます。
その四「速いと感じるのは物事が正しい拍子に合っていない」は、兵法においてむやみに速さのみ求めることを否定しています。一日に四、五十里も行く飛脚の走り方、謡や囃子の上手の拍子と間の取り方を例にとり、拙速の矛盾と無理を解き明かします。兵法においては、ぬかるみなどでの身体や足の使い方、太刀をふる勢いなどでの、速さの欠点を指摘。論点はむしろ速さというよりは、正しい拍子に合わぬこと、間がとれぬことによるずれや狂いの指摘にあるとも思われますが、いたずらに速さ、スピードを尊重する当時の剣術、兵法への警鐘が中心テーマなのでしょう。速読法やスピード経営が、無批判にもてはやされている現代においても有効で普遍的な問題提起であるといえます。
[本文抜粋]
一 他流で太刀の構えにこだわること
太刀の構えを専門で伝授するのも間違いである。世の中で構えを取るということは敵がいない時のことである。詳しく言えば、昔からの慣例でとか、今の法律でとか、法や規則を立てることは勝負の世界にはないのだ。相手相手に合わせて不利なように仕掛けることである。一般的に構えとは揺るがないための用心である。城を構えるとか陣を構えるとか言ったりするのは敵に攻撃されてもびくともしない構えを通常は指す。兵法勝負の世界では何事においても先手先手と攻めることを心がけるものだ。構えるとは、先手を待つ心持になってしまう。よく検討すべきだ。兵法勝負の世界では相手の構えを崩し、敵が思いもよらない攻撃を仕掛け、あるいは敵をうろたえさせ、あるいはむかむかさせ、または脅かして敵が混乱したタイミングで勝機を捉え勝つことであるから、構えという後手の方法を否定するのだ。すなわち当兵道に有構・無構として、構えはあって構えは無しという指針がある。集団の兵法でも敵の軍団の規模を把握し、その戦場の地形を知り、自軍の士気を確認し、戦略を立て兵員を配備し、戦端を開くことが合戦では重要なことである。人に先手を取られたときと自分から取るときでは、その有利・不利の効果は倍も違ってくるのだ。太刀を完璧に構え、敵の打ち込みをよく受け、よく張ったとしても、それは防御の柵越しに、鑓・長刀で遠くから振っているようなものに過ぎない。敵を打ち込もうと思うのなら、柵木を引っこ抜いて鑓・長刀の代わりに振り回すぐらいの気持ちが必要だ。よく検討して見なさい。
一 他の兵法で速さをよしとする
兵法ではただ速いということは本道ではない。速いと感じるのは物事が正しい拍子に合っていないので、ずれた分だけ速いとか遅いとか思うのである。その道の達人になれば速くは見えないものだ。飛脚を例にとれば、一日に四、五十里もいくものがある。これも朝から晩まで速く走っているわけではない。未熟な飛脚は一日中走っても、さして距離は伸びないものだ。また能の世界で、上手が謡う謡に、下手が一緒に謡えばとかく遅れてしまうので、忙しく聞こえるのだ。また鼓・太鼓で老松を打つ場合、静かな曲だが下手はここでも遅れたり、先走ったりしてしまう。高砂は調子が急だが、速いということは悪い。速いとは、コケるといって拍子の間に合わない。むろん遅いのはもっとよくない。これも上手の場合、ゆるゆると見えて決して拍子の間が抜けない。万事達人のすることは忙しく見えないものだ。このたとえで、速い遅いの道理がわかるだろう。とりわけ兵法の道では、速いということはよくない。そのわけは、これも場所により沼やぬかるみでは身体も足も速く動かせない。太刀もなおさら速く斬ることはない。速く斬ろうとすれば扇や小刀でもないので、ちょんとやり、まったく斬れないものだ。よく考えてみなさい。集団の兵法でも、速く急ぐ心が妨げとなる。枕を押さえるという口伝を心得ていれば、何も遅いということは関係ないのだ。また相手のむやみに速いことには、そむくといって静かな気持ちになり、人に引きずられないようにすることが大事だ。この心持を工夫し日頃鍛錬することだ。
→五輪書はこちら
2006年01月07日 14:07
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