言の葉庵 |能文社 |お問合せ

心にしみる名言、知恵と勇気がわいてくる名文を、千年の古典名著から毎回お届けしています。

名言名句 第三十八回 紹鴎及池永宗作茶書 枯木かとをもへば、ちやつと花を咲様に面白き茶湯なり。

 No.55
枯木かとをもへば、ちやつと花を咲様に面白き茶湯なり。
~武野紹鴎『紹鴎及池永宗作茶書』


今回は千利休の師、武野紹鴎の遺文、『紹鴎及池永宗作茶書』をご紹介しましょう。

さてこの名句、「枯木かとをもへば、ちやつと花を咲様に面白き茶湯なり」は、千利休の最初の師、北向道陳を評した武野紹鴎のことば。『紹鴎及池永宗作茶書』より、まずは原文と現代語訳をどうぞ。

〔原文〕
一 常翁※の座敷は此分なり。茶湯座敷は定る法なし。座敷の内さへ囲むかはすには、よりはなと或は勝手の内などは吾すきにすへしと、惣別、拵へ様は可随宜也。又、六畳敷もゆるりとしてよしと云。道陳※六畳敷なり。常翁と茶湯の法眷なり。徹翁※派下に参して八十余則を挙す。真実の茶湯者也。是は枯木かとをもへばちやつと花を咲様に面白き茶湯なり。茶湯の面白きと云は教の外※にあり。然りと雖も、あてのなきは面白きといふへからずと云々。

※常翁 武野紹鴎の当て字。
※徹翁 大徳寺第一世、徹翁義亨(てつおうぎこう)。大徳寺開山、宗峰妙超の法嗣。徹翁派とは大徳寺派のこと。
※教の外 達磨四聖句の一、「教外別伝」。真の悟りは言葉や教えの外にある、という禅の根本教義。
※道陳 北向道陳。1504-1562。姓荒木。堺の茶人。利休の最初の師であり、道陳の紹介により利休は武野紹鴎にも師事することとなった。能阿弥-空海の書院台子の茶の流れを汲む名人。「道陳、宗易は禅法を眼とす」(『山上宗二記』)、「利休に紹鴎と道陳数奇を古織尋ねられ候、碁ならば一もく道陳つよく候はんよし」(上田宗箇へ古田織部伝文)などと伝えられるように、禅をもととした茶道精神の発展に多大な貢献をしたと考えられる。

(『茶道古典全集 第三巻』淡交社 昭和35年11月 「紹鴎遺文」西堀一三)


〔現代語訳〕
一 紹鴎の座敷は、この図の通り。茶の湯座敷に定式はない。座敷内外の区別さえ設ければ、入口や勝手は各人の好みのままに。そうじて間取りはよきにはからうべし。また、六畳敷もゆるりとしてよいものだ。道陳の茶室が六畳であった。紹鴎と道陳は、茶の湯の道友である。道陳は大徳寺に参禅して、公案八十余則を挙したという。真実の茶の湯者である。これは枯れ木か、と思ってみれば、ぱっと花を咲かすような面白い茶の湯であった。茶の湯の面白さは、教えの外にあり。しかしながら思いつきやあてずっぽうを、面白いとはいわないものだ。

(水野聡訳 能文社2013年)

『南方録』等の茶書によれば、北向道陳は東山流茶の湯の正統を伝える茶人で、とりわけ武野紹鴎と親交が深かったとされています。
道陳は大徳寺に参禅し、公案八十余則をあげた真の茶の湯者。その茶を、武野紹鴎が「枯木かとをもへばちやつと花を咲様に面白き茶湯なり」と評しました。

ことさら道具立てや点前の新奇を尊ばぬ侘び茶の湯にあって、“面白さ”とはいったいなにか。同書ではそれを「教の外にあり」といいます。すなわち、教外別伝。素人や初心の「あてのなき」手立てを決して面白いとはいわない。

茶の湯の面白さといえば、まずぼくたちが思い浮かべるのが、利休の“朝顔の茶会”ではないでしょうか。
今を盛りと咲き乱れた、利休邸前の数百もの朝顔の花。これは見物、とさっそく利休邸に足を運んだ太閤秀吉を迎えたのは、きれいさっぱり摘み取られた丸裸の生垣と、茶室の床にただ一輪活けられた朝顔の花だったのです。
豊饒の美、無数の生命を情け容赦なく刈り取って、太閤ののどもとに突きつけられた、抜き身の宝刀。これが、利休が生かした一輪の花の真意です。

仏に逢うては仏を殺し、祖に逢うては祖を殺し…始めて解脱を得、物と拘らず透脱自在なり
(『臨済録』)

あらゆる迷いを断ち切り一息に空に至る凄まじい禅機こそ、茶の湯の面白さ。そこにはみじんも耽美、享楽的なものが立ち入る隙はありません。
「花=珍しさ=面白さ」。世阿弥が追い求めた能の面白さも、ただ珍奇で表面的なものではありませんでした。


面白き位、似すべき事にあらず。(『申楽談儀』)

道陳の「枯木かとをもへば、ちやつと花を咲様に面白き茶湯なり」は、世阿弥が目標とした父観阿弥が最後にたどりついた芸位に近いもの。

老い木に花の咲かんがごとし
(『風姿花伝』第二物学條々)

それはすなわち、形も意味も超えた“無・妙”の境地なのかもしれません。


以下、『紹鴎及池永宗作茶書』より、その他の味わい深い数編をご案内します。

■『紹鴎及池永宗作茶書』
(千利休自筆茶道秘書写に収載) 今日庵文庫蔵

武野紹鴎が門弟池永宗作へ与えた伝書。三好実休が珠光小茄子を入手した際、その点前を相伝するために紹鴎は弟子の宗作を遣わすこととした。宗作の心得のため、親しくこれをしたため十三幅に仕立てたものである、と本書文中に成立の由来が記されている。なお当書の半分は紹鴎自らの文、半分は宗作が紹鴎聞書きを補ったものという。ここには『茶道古典全集 第三巻』より抄録した。


〔原文〕

一 常翁※は珠光・宗珠・宗悟又は京都に心蔵主※と云人あり、是等三四人の間面白き事を取て吾一流として常翁がかりとなす也。心蔵主は宗珠・宗悟と同時の人なり。心蔵主流に多く利根なることあり、常翁も多く面白と云て取立、小板と云ふことも心蔵主の時よりできたげなぞ。

※心蔵主 室町将軍家の近侍と伝える。『足利季世記』他の史書に、将軍足利義輝とともに永禄八年の変にて討死にした人名目録にその名がある。阿弥号をもつ同朋衆ではなかったが、足利将軍に親しく仕えた人物であろう。


一 茶湯座敷は北向を本とす。なせになれは強ふあかるう無き程に茶具真にみゆる上明りなり。東西南北の明りは変あり。あかるき時は茶湯道具早々にみゆるなり。

一 茶湯大事は、客を留め留る様にする也。口伝あり。

一 当世様の茶の湯と云は常翁がかりのことなり。常翁第一危事を嫌ふてつよきを本とす。中古にはくさりなどにて釜を釣をは、五徳にすゆるなり。又、柄杓の柄を今は円くけづる。又、囲炉裏をちいさくふかくすること、如此類の事無限、難盡筆端。

一 磨茶壷※の薬は下薬は薄柿色にさがり不過して、上の薬は黒々と流れ懸つて流れ留る。先きに青黄に瑠璃色などの薬是可然、上々の数たるへし。薬下り過たるはをもはしからず、上は一片にあるへからす。

※磨茶壷 真壷は東南アジア経由の呂宋壺の内、文様のないものをいう。なお真壷は葉茶壷(大壺)であるが、ここの目利きは小壺と思われる。

一 茶湯の座敷の造作は、板を以壁などをしたをは、常翁は舛の底で茶湯をする様など云てきらはれける。

『茶道古典全集 第三巻』淡交社 昭和35年11月 「紹鴎遺文」西堀一三 より

〔現代語訳〕

一 紹鴎は、珠光、宗珠・宗悟、さらに京都の心蔵主、これら三四人の茶人たちより、面白い点前を取り入れ、自ら一派を立てて、紹鴎風を打ち出したのだ。心蔵主は宗珠・宗悟と同時代の人である。心蔵主の茶には役に立つものが多く、紹鴎もこれを面白く思って己の点前に取り入れた。小板の点前も心蔵主の頃になったという。

一 茶の湯の座敷は北向きを本とした。なんとなれば明るさが強すぎず、茶道具の真の姿が見える上等な明るさゆえである。東西南北で明るさは変化するもの。明るすぎると道具は軽々しく見えるのである。

一 茶の湯の大事は、客を留め、客も留まるようにすること。口伝する。

一 今の茶の湯は、紹鴎風である。紹鴎はまず、危うさを嫌い強さを本とした。昔は鎖などで茶釜を吊ったが、紹鴎はこれを五徳に据えた。さらに柄杓の柄を丸く削る。囲炉裏を小さく深くする、など。紹鴎の創作、考案は数え切れぬほど。とてもここには書ききれぬ。

一 真壷の薬のこと。下薬は薄柿色で垂れすぎてはよくない。釉は黒々と流れかかって、流れ留まる。表面に、青・黄・瑠璃色など、釉薬の自然な変化があらわれたもの。これを上々の品というべし。なだれの垂れすぎたものは好ましくなく、かといってなだれが一筋のみのものも道具にならぬ。

一 茶の湯の座敷で壁を板で囲ったものがある。紹鴎は、舛の底で茶の湯をするようだ、といって嫌ったもの。


(水野聡訳 能文社2013年)

2013年03月24日 21:44

>>トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://nobunsha.jp/cgi/mt/mt-tb.cgi/198

バックナンバー

名言名句 第五十五回 風姿花伝 男時女時

名言名句 第五十四回 去来抄 句調はずんば舌頭に千転せよ

名言名句 第五十三回 三冊子 不易流行

名言名句 第五十二回 論語 朝に道を聞かば、夕に死すとも可なり。

名言名句 第五十一回 葉隠 添削を依頼してくる人のほうが、添削する人よりも上なのだ。

名言名句 第五十回 申楽談議 してみて良きにつくべし。

名言名句 第四十九回 碧巌録 百花春至って誰が為にか開く

名言名句 第四十八回 細川茶湯之書 何とぞよきことを見立て聞き立て、それをひとつほめて、悪事の分沙汰せぬがよし。

名言名句 第四十七回 源氏物語 老いは、え逃れられぬわざなり。

名言名句 第四十六回 貞観政要 求めて得たものには、一文の値打ちもない。

名言名句 第四十五回 スッタニパータ 人々が安楽であると称するものを、聖者は苦しみであると言う。

名言名句 第四十四回 紹鴎遺文 きれいにせんとすれば結構に弱く、侘敷せんとすればきたなくなり。

名言名句 第四十三回 風姿花伝 ただ、時に用ゆるをもて花と知るべし。

名言名句 第四十二回 葉隠 只今の一念より外はこれなく候。一念々々と重ねて一生なり。

名言名句 第四十一回 ダンマパダ 愚かに迷い、心の乱れている人が百年生きるよりは、知慧あり思い静かな人が一日生きるほうがすぐれている。

名言名句 第四十回 玲瓏集 草木の苦しみ悲しみを、人は知らず。

名言名句 第三十九回 申楽談儀 美しければ手の足らぬも苦しからぬ也。

名言名句 第三十八回 紹鴎及池永宗作茶書 枯木かとをもへば、ちやつと花を咲様に面白き茶湯なり。

名言名句 第三十七回 申楽談儀 面白き位、似すべき事にあらず。

名言名句 第三十六回 徒然草 人の命は雨の晴間をも待つものかは。

名言名句 第三十五回 達磨四聖句 教外別伝。

名言名句 第三十四回 貞観政要 六正六邪。

名言名句 第三十三回 論語 逝く者は斯くの如きか。昼夜を舎(お)かず。

名言名句 第三十二回 歎異抄 薬あればとて毒をこのむべからず。

名言名句 第三十一回 独行道 我事において後悔をせず。

名言名句 第三十回 旧唐書 葬は蔵なり。

名言名句 第二十九回 茶話指月集 この水の洩り候が命なり

名言名句 第二十八回 貞観政要 人君過失有るは日月の蝕の如く

名言名句 第二十七回 貞観政要 即ち死するの日は、なお生ける年のごとし

名言名句 第二十六回 春秋左氏伝 水は懦弱なり。即ちこれに死する者多し

名言名句 第二十五回 史記 怒髪上りて冠を衝く

名言名句 第二十四回 花鏡 せぬ隙が、面白き

名言名句 第二十三回 貞観政要 楽しみ、その中に在らん

名言名句 第二十二回 十七条憲法 われ必ず聖なるにあらず

名言名句 第二十一回 去来抄 言ひおほせて何かある

名言名句 第二十回 龍馬の手紙 日本を今一度せんたくいたし申

名言名句 第十九回 史記 士は己れを知る者のために死す

名言名句 第十八回 蘇東坡 無一物中無尽蔵

名言名句 第十七回 論語 後生畏るべし

名言名句 第十六回 歎異抄 善人なをもて往生をとぐ

名言名句 第十五回 徒然草 し残したるを、さて打ちおきたるは

名言名句 第十四回 正法眼蔵 放てば手にみてり

名言名句 第十三回 珠光茶道秘伝書 心の師とはなれ、心を師とせざれ

名言名句 第十二回 俳諧問答 名人はあやふき所に遊ぶ

名言名句 第十一回 山上宗二記 茶禅一味

名言・名句 第十回 南方録 夏は涼しいように、冬は暖かなように

名言・名句 第九回 柴門ノ辞 予が風雅は夏爈冬扇のごとし

名言・名句 第八回 葉隠 分別も久しくすれば寝まる

名言・名句 第七回 五輪書 師は針、弟子は糸

名言・名句 第六回 山上宗二記 一期一会

名言・名句 第五回 風姿花伝 上手は下手の手本

名言・名句 第四回 葉隠 武士道とは、死ぬことと見つけたり

名言・名句 第三回 南方録 家は洩らぬほど、食事は飢えぬ

名言・名句 第二回 五輪書 世の中で構えを取るということ

名言・名句 創刊 第一回 風姿花伝 秘すれば花なり。

◆言の葉庵推奨書籍

◆言の葉メールマガジン
「千年の日本語。名言・名句マガジン」

「通勤電車で読む、心の栄養、腹の勇気。今週の名言・名句」、「スラスラ古文が読める。読解ポイントの裏技・表技。古典原文まる秘読解教室」などのコンテンツを配信しています。(隔週)

◆お知らせ

ビジネス・パートナー大募集

現在、弊社では各業界より、マーケティング関連委託案件があります。
つきましては下記の各分野において、企業・フリーランスの協力パートナーを募集しています。

◇アナリスト、リサーチャー
◇メディアプラン(フリーペーパー、カード誌媒体等)
◇プランナー、アートディレクター、コピーライター
◇Web制作
◇イベンター、SPプロモーション
◆化粧品・健康食品・食品飲料・IT・通信分野

 

Copyright(c)2005.NOBUNSHA.All Rights Reseved

Support by 茅ヶ崎プランニングオフィス