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名言名句 第五十一回 葉隠 添削を依頼してくる人のほうが、添削する人よりも上なのだ。

 No.67
添削を依頼してくる人の方が、添削する人よりも上なのだ。~山本常朝『葉隠』聞書一/一三八

今回は、学びと成長をキーワードとして、『葉隠』より以下の名言をまとめてご紹介しましょう。

一.添削を依頼してくる人のほうが、添削する人よりも上なのだ。

二.少しかじったことほど、知ったかぶりしたがるものだ。

三.何ごとであれ、全力を出し切ってやるのは下である。力は入れるが、手足を働かせてやるのが中。心だけを働かせて成し遂げるのが、上の人である。

四.自分の能力が少し上がった時でなければ、能力の差が測れないほどある、ということにも気づかないものである。


「一.添削を依頼してくる人のほうが、添削する人よりも上なのだ」

人の学びと成長を後押しする、最良の資質が客観性と謙虚さです。
能力が高く、実績も豊富な年長の上司が、部下や後輩にアドバイスを求めることがあります。自分の気づかぬ点を他人の目を通して洗い出そうとする客観性に基づいた行動です。そしてそれは、人にへりくだって教えを乞う、という向上心と成長意欲の証し。
人はとかく、長ずるにしたがって他人に教えを乞うことに抵抗を覚え始めるもの。
茶の湯の書『珠光侘びの文』では、
「たとえ人に上手と目されるようになろうとも、人に教えを乞う姿勢が大事」
とあります。人は頭を下げて、目下の人にさえものを尋ねることで生涯成長を続けていけるのかもしれません。

「二.少しかじったことほど、知ったかぶりしたがるものだ」

とはいいながら、もはやいい大人のぼくたちも新しいことを知れば、ついつい知ったかぶりしてしまうもの。本物の知識と知恵をもつ人ほど、人に多くを語らせ、自分は何もいわない。
これは謙虚さという背景に、ゆるぎない自信と確信が不動の態度として現れたものかもしれません。
空虚な無口と充実ゆえの無口の違いは、態度を見れば明らかです。多弁は底が浅く見えるばかり。

「三.何ごとであれ、全力を出し切ってやるのは下である」

普段、全力で取り組む、ということばをよく耳にするのではないでしょうか。しかしそれをぼくたちは普段リップサービスと感じている。もしも本当に自らのすべてを総動員して当たらねばならぬ事案・目標があったとしたら、その達成率はかなり低いと予測せざるをえません。よって、このやり方は下。
手足を働かせて(知識や手段を講じて)、課題に取り組むことが、中であり一般的です。
心だけで成し遂げる、というやり方は一見抽象的に思えますが、意志や思いで周囲を動かし、ものごとを達成していく、政治力・影響力ととらえるなら、「上の人」のやり方を理解できるはずです。
強い意志の力こそ、どんなに困難な事案も動かし、やがて解決へと導けるに違いありません。

「四.自分の能力が少し上がった時でなければ」

どのような世界でも、自己評価は難しいものです。某業界のあるベテラン制作者が、同業者(ライバル)を評して、
「自分の方が完全に上だと思っている相手は、実は自分と同程度であり、自分と同じくらいだと感じる相手は、はるかに上のレベル。自分より上だと思う相手には永遠に追いつけない」
と語ったことがありました。自己評価に対し、周囲の客観評価は、実際二段も三段も低いもの。
そこに気が付いたベテラン氏は、成長と進化の可能性をもっていますが、ぼくたち普通の人々は「能力の差が測れないほどにある」ことにもまるで気がつかない。進化しない。それはそれで幸せなのかもしれませんが。


以下、『葉隠』より上の四句を含む段落をご案内します。


◆聞書一
添削を依頼してくる人の方が、添削する人より上なのだ。

一三八 人を越えたければ、わが振る舞いを人に言わせ、意見を聞くだけでよい。並の人は、自分ひとりの考えで済ますゆえ一段越えるということがない。人に談合した分だけ、一段越えたものとなる。
なにがしが役所の書類について相談にやってきた。自分よりもよく書けるし、勉強もしている人である。添削を依頼してくる人の方が、添削する人より上なのだ。


◆聞書二
少しかじったことほど、知ったかぶりしたがるものだ。

一〇九 少しかじったことほど、知ったかぶりしたがるものだ。初心ゆえである。よく知っていることほど、そのそぶりも見えないものだ。奥ゆかしいものである。


◆聞書十
何ごとであれ、全力を出し切ってやるのは下である。力は入れるが、手足を働かせてやるのが中。心だけを働かせて成し遂げるのが、上の人である。

一四六 辰敬の教訓状より。(中略)仮にも人の悪口を言わないようにし、人には親しみをこめて接し、礼儀を守って、心に裏表がないのが、人本来の姿だ。何ごとであれ、全力を出し切ってやるのは下である。力は入れるが、手足を働かせてやるのが中。心だけを働かせて成し遂げるのが、上の人である。


◆聞書十一
自分の能力が少し上がった時でなければ、能力の差が測れないほどある、ということにも気づかないものである。

一四五 人間の能力は、五十歩百歩といわれるけれど、どれほどの差があるものなのか。測ることなどできないくらいである。よし、ここまでできるようになった、と一定の水準に止まって満足しているような者は、まだまだ低い位というしかない。古歌に、

いづくにも心とまらば住みかへよ 
ながらへば又もとの古里

とあるが、このように何度も水準を越えなければ、中々人並みにもなれぬものである。自分の能力が少し上がった時でなければ、能力の差が測れないほどある、ということにも気づかないものである。


●『葉隠 現代語全文完訳』(能文社2006)

2015年05月15日 10:27

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