心にしみる名言、知恵と勇気がわいてくる名文を、千年の古典名著から毎回お届けしています。
No.69
不易流行。~松尾芭蕉 服部土芳『三冊子』
わび・さび、あるいは、かるみ・しおりなどと表される、松尾芭蕉の句風。
今日に連綿と続く、芭蕉の俳句の基調となる俳諧理念として、「不易流行」ということばがあります。
これは今日一般的に、以下のように定義されています。
〔不易流行〕 ふえきりゅうこう
俳論用語。「不易」は永遠不変、「流行」は刻々の変化の意で、両者は「風雅の誠」に基づく点で同一であるとする孝え方をいう。
俳詣は不断に新しく変化してゆくところに不変の本質があるという文学観と、俳諧の永遠不変の価値は「風雅の誠」を追求する不断の自己脱皮から生まれるという実践論から成り立っている。元禄二年(1689)『おくのほそ道』の旅行後、同年冬から門人達に説いたもので、『俳諧問答』『去来抄』『三冊子』などに祖述されている。
宇宙の根源的主宰者である「造化」の、不変の恒常的原理を「理」、万物創成の創造力を「気」、その本体を「誠」とする宋学の考え方に基づき、俳詣の本質と俳諧作者のあるべき姿について論じたもの。
(『芭蕉ハンドブック』尾形仂 三省堂2002年2月)
芭蕉は、不易流行を弟子に説き、門弟たちがそれぞれの見解を書き残しました。
しかし芭蕉自身、自らこの四文字の成語を書物に遺すことはありませんでした。
ただ、以下のような紀行文や随筆から、不易流行の思想を読み取ることはできるかもしれません。
月日は百代の過客にして往きかふ年もまた旅人なり。
(『奥の細道』序文)
倭歌(やまとうた)の風流、代々にあらたまり、俳諧年々に変じ、月々に新也。
(『常盤屋句合』跋文)
風雅の流行は、天地とともにうつりて、只つきぬを尊ぶべき也。
(『三聖図賛』跋文)
芭蕉の高弟の文には、より明確に師の教え、不易流行が語られ、同門へと伝えられていきます。
蕉門に千歳不易の句、一時流行の句といふあり。是を二つに分けて教へ給へども、その元は一つなり。不易を知らざれば基たちがたく、流行を知らざれば風新たならず。不易は古によろしく、後に叶ふ句なる故、千歳不易といふ。流行は一時一時の変にして、昨日の風、今日宜しからず、今日の風、明日の用ひがたき故、一時流行とはいふ。はやる事をいふなり。
(『去来抄』向井去来)
師の風雅に、万代不易あり、一時の変化あり、この二つに究り、その本一つなり。その一つといふは風雅の誠なり。不易を知らざれば、実に知れるにあらず。不易といふは、新古によらず、変化流行にもかかはらず、誠によく立ちたる姿なり。
(『三冊子』服部土芳)
猿簑の選を被りて不易流行のちまたを分かち、新風に臨みても幽玄の細みを忘れず。
(『風俗文選』森川許六)
さて、不易流行の「易」は、〔えき〕と読むほかに、易わる=〔かわる〕と読みます。変わる、と同義です。
中国の代表的な古典である、『易経』は占いの書というよりは、万物自然の変化をとらえ、予兆を見抜き、
来たるべき将来を見通すための書なのです。よって古来帝王の必読の書とされてきました。
そもそも、『易経』そのものの中で、「易」はどのように考えられ、説明されているのでしょうか。
生生これを易という。
(『易経』繋辞上伝)
「天地は無窮の営みを続け、途切れることがない。またそこから万物が生じる。
春夏秋冬は規則正しく巡り、冬が終われば、また新たな春がやってくる。
同じ時は再び訪れることはない。
生じるものは常に新たであり、またそこから新たなものが生じる。
このような窮まりない変化を「易」という。
我々人間も日々の変化あってこそ、生き生きと生きていける。」
(『「易経」一日一言』(致知一日一言シリーズ) 竹村亞希子 致知出版社2009年2月)
易、すなわち変化のダイナミズムの中で、生命は脈々と次代へ継がれていく、と古代中国では考えていました。
現代の科学に置き換えれば、遺伝子の突然変異も、生命の停滞を打ち破るための〔神の一突き〕なのかもしれません。
変化こそ、生命の源である。
と思い至った時、日本の美と文化に〔神の一突き〕をもたらした、千利休の法号がまさしく、「宗易」であったことに気づかされるのです。
王朝和歌の伝統をふまえつつ、詩の解体と精神の解放をもたらした、松尾芭蕉。
東山文化の遺産を引き継ぎながら、まったく新しい侘びの境地を切り拓いた、千利休。
「不易流行」は文化と歴史の壁を越えて、いまだ見ぬ未来を描いてくれるのかもしれません。
2015年09月17日 18:33
このエントリーのトラックバックURL:
http://nobunsha.jp/cgi/mt/mt-tb.cgi/280
名言名句 第五十二回 論語 朝に道を聞かば、夕に死すとも可なり。
名言名句 第五十一回 葉隠 添削を依頼してくる人のほうが、添削する人よりも上なのだ。
名言名句 第四十八回 細川茶湯之書 何とぞよきことを見立て聞き立て、それをひとつほめて、悪事の分沙汰せぬがよし。
名言名句 第四十七回 源氏物語 老いは、え逃れられぬわざなり。
名言名句 第四十六回 貞観政要 求めて得たものには、一文の値打ちもない。
名言名句 第四十五回 スッタニパータ 人々が安楽であると称するものを、聖者は苦しみであると言う。
名言名句 第四十四回 紹鴎遺文 きれいにせんとすれば結構に弱く、侘敷せんとすればきたなくなり。
名言名句 第四十三回 風姿花伝 ただ、時に用ゆるをもて花と知るべし。
名言名句 第四十二回 葉隠 只今の一念より外はこれなく候。一念々々と重ねて一生なり。
名言名句 第四十一回 ダンマパダ 愚かに迷い、心の乱れている人が百年生きるよりは、知慧あり思い静かな人が一日生きるほうがすぐれている。
名言名句 第四十回 玲瓏集 草木の苦しみ悲しみを、人は知らず。
名言名句 第三十九回 申楽談儀 美しければ手の足らぬも苦しからぬ也。
名言名句 第三十八回 紹鴎及池永宗作茶書 枯木かとをもへば、ちやつと花を咲様に面白き茶湯なり。
名言名句 第三十七回 申楽談儀 面白き位、似すべき事にあらず。
名言名句 第三十六回 徒然草 人の命は雨の晴間をも待つものかは。
名言名句 第三十三回 論語 逝く者は斯くの如きか。昼夜を舎(お)かず。
名言名句 第三十二回 歎異抄 薬あればとて毒をこのむべからず。
名言名句 第二十八回 貞観政要 人君過失有るは日月の蝕の如く
名言名句 第二十七回 貞観政要 即ち死するの日は、なお生ける年のごとし
名言名句 第二十六回 春秋左氏伝 水は懦弱なり。即ちこれに死する者多し
名言名句 第二十回 龍馬の手紙 日本を今一度せんたくいたし申
名言名句 第十五回 徒然草 し残したるを、さて打ちおきたるは
名言名句 第十三回 珠光茶道秘伝書 心の師とはなれ、心を師とせざれ
名言・名句 第十回 南方録 夏は涼しいように、冬は暖かなように
「通勤電車で読む、心の栄養、腹の勇気。今週の名言・名句」、「スラスラ古文が読める。読解ポイントの裏技・表技。古典原文まる秘読解教室」などのコンテンツを配信しています。(隔週)
現在、弊社では各業界より、マーケティング関連委託案件があります。
つきましては下記の各分野において、企業・フリーランスの協力パートナーを募集しています。
◇アナリスト、リサーチャー
◇メディアプラン(フリーペーパー、カード誌媒体等)
◇プランナー、アートディレクター、コピーライター
◇Web制作
◇イベンター、SPプロモーション
◆化粧品・健康食品・食品飲料・IT・通信分野