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No.73
奪うに益なく、譲るに益あり。~二宮尊徳『二宮翁夜話』
通称金次郎の名で知られる、二宮尊徳の金言をご紹介しましょう。
尊徳は江戸末期、全国の荒廃した農村を復興・再生した農政改革のエキスパート。この時代、日本の多くの村々は度重なる飢饉や自然災害により、ほとんど亡村となり果てていました。尊徳はこれらの地域に〔報徳仕法〕と呼ばれる再生プロジェクトを断行。豊かな暮らしと実りを取り戻した村邑は、全国六百以上にもおよびました。
農村改革を推し進める仕法の根本となったのが、〔報徳思想〕とよばれる尊徳独自の哲学です。
極貧の農家に生まれ、幼くして父母を失い、同時に生家も田もことごとく失った尊徳。人生のどん底から身ひとつ、才覚ひとつで、不断の努力と精進を重ね、荒れ地を開墾し、家を再興しました。そしてわが身、わが村にとどまらず、国中に広く徳を及ぼし、農村再生改革を実行。故郷小田原藩はもとより、他領や幕府からも委任され、ついに幕臣となって日本を再生していくこととなるのです。
今回の名言は、報徳思想の根幹である〔勤・倹・譲〕の三つのキーワードの内、最後の〔譲〕をよくいいあらわしたもの。尊徳の高弟、福住正兄が著した『二宮翁夜話』にある名言です。
『二宮翁夜話』より、本文を抜粋してご紹介しましょう。
嘉永五年、尊徳は著者福住の実家の温泉に入湯しました。この時尊徳は湯船に腰かけ、福住の兄に以下のように教え諭したといいます。
「仁というものは人道の極致であるが、儒者の説明はやたらにむずかしいばかりで、役に立たない。身じかなたとえを引けば、この湯ぶねの湯のようなものだ。これを手で自分の方へかき寄せれば、湯はこっちの方へ来るようだけれども、みんな向うの方へ流れ帰ってしまう。
これを向うの方へ押してみれば、湯は向うの方へ行くようだけれども、やはりこっちの方へ流れて帰る。すこし押せば少し帰り、強く押せば強く帰る。これが天理なのだ。
(中略)
人間の手は、自分の方へ向いて、自分のために便利にもできているが、また向うの方へも向いて、向こうへ押せるようにもできている。これが人道の元なのだ。鳥獣の手はこれと違って、ただ自分の方へ向いて、自分に便利なようにしかできていない。だからして、人と生れたからには、他人のために押す道がある。それを、わが身の方に手を向けて、自分のために取ることばかり一生懸命で、先の方に手を向けて他人のために押すことを忘れていたのでは、人であって人ではない。つまり鳥獣と同じことだ。なんと恥かしいことではないか。恥かしいばかりでなく、天理にたがうものだからついには滅亡する。だから私は常々、奪うに益なく譲るに益あり、譲るに益あり奪うに益なし、これが天理なのだと教えている。よくよくかみしめて、味わうがよい。」
(『訳注 二宮翁夜話』佐々井典比古訳注 一円融合会 平成二十五年)
報徳思想の〔譲〕は、〔推譲〕ともよばれ、人として徳を重ね広げていくためになくてはならないものです。
尊徳が説く〔譲〕は、一般的な道徳の〔謙譲〕という概念と比べ、より積極的、経済的な意味を持つ用語。勤勉に働き、不要不急の出費を倹約し、余財を生み出します。そしてこれを自らの将来のために備蓄する(たとえば次年度の開墾のための費用に)、あるいは自ら属する共同体や社会のために出資・投資することをいいます。
後者は報徳仕法で〔報徳金〕とよばれ、後々一共同体、一領国の枠を超えて、広く全国の農村復興のため、原資として活用されていったのです。
一農民の小さな〔譲〕が積み重なっていき、人々を救い、未来が創られる。これに比べ、富や利益を独り占めする者は、「奪うに益なく」、いずれ滅亡する。残念ながらこれは、現代にいたるまでなんと数え切れぬほどの実例にあふれていることでしょうか。
2016年09月02日 11:50
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名言名句 第五十七回 二宮翁夜話 奪うに益なく、譲るに益あり。
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