心にしみる名言、知恵と勇気がわいてくる名文を、千年の古典名著から毎回お届けしています。
No.76
極楽は西方のみかは東にも 北道さがせ南にあり。
~伝一休宗純 道歌
「死んだらなんとしても、極楽へまいりたいものじゃ」
「ほんにそうじゃ」
「まちごうても地獄ばかりには落ちとうないな」
「そればかりはかんべんじゃな」
「はて。極楽は西にあるというが、うんと遠くじゃろうか」
「備前よりも、豊後、肥前よりも。いや唐国よりも、もっと遠くじゃろうか」
ぼくたちのご先祖様たちは、このように西の空を仰ぎ、極楽を憧れたのかもしれません。
今回は、一休の道歌を道しるべとして、極楽はどのようなところか、またなぜ西にあるのか、そもそも極楽自体本当に存在するのかを探求していきたいと思います。
室町時代、時の傑僧たる一休は、同様の問いをみなから寄せられたことでしょう。
その答えが、上の一首。まずは歌の解釈を見てみます。
極楽は西方のみかは東にも
北道さがせ南にあり
【解釈】
浄土宗の教えでは西方浄土とよび、極楽は西にあるという。
ところが極楽は、西のみか、東にも北にも南にも、どこにでもあるのだ。
素直に読めばこうなりますが、下の句には掛詞が二か所あり、歌意は仏教哲理としてぐっと深くなります。
まず、〔北道〕と〔来た路〕。そして〔南にあり〕と〔皆身にあり〕。
つまり、
「極楽は西ばかりではなく、東にもある。しかし本当の極楽(真理)は、自分の歩んできた道に、そこかしこにあって、そもそもすべての人の一身の中にあるものだ」
となります。
極楽とは、実在するユートピアではなく、一切の業苦より解脱し、もはや何物からも煩わされず、苦しめられることのなくなった、真に自由な心の状態のことです。
それを悟り、あるいは成仏とよべるのかもしれません。
さて、極楽とは本来どのようなところか。なぜ西方にあるとされたのか。
その元となる浄土三部経の一、『仏説阿弥陀経』では以下のように説かれています。
「今をさること十劫の昔。阿弥陀仏は成道して、西方十万億の仏土をすぎた彼方に浄土を造られた。今も、この極楽で人々のために説法をしている」
なおこの説明によると、仏土、極楽というところは、広さは限りなく、いずれも美しく荘厳されて、大気は清浄快適である。人々の求めるものは衣服、飲食、すべて望みどおりに与えられ、苦も業も一切なく、ただ楽のみがある世界だとしています。人は死後、阿弥陀如来に救われて、この浄土に往生するのです。
経典など知らず、目に一丁字なき大衆が、この浄土、極楽に憧れたとしても無理のないこと。今昔物語の極悪人、讃岐の源大夫が阿弥陀仏を慕い、ただひたすら西を目指し、ついに成仏往生した物語は当時の阿弥陀信仰を象徴しています。
・救われる極悪人『今昔物語』
そして浄土や極楽を実際の場所ではなく、悟りや真理ととらえるならば、『十牛図』の若者が見失ってしまった牛(実は真実の自分)を追い求める苦難の旅も同様のものといえるでしょう。
・現代語訳十牛図
仏の国である極楽は、神の国であるキリスト教の天国と等しく感じられるもの。
カトリックの教義でも、天国は具体的に存在する場所ではなく、全き信仰を得て、神と一体化した人の心の状態である、とする教えがあります。
「また、見よここにあり、かしこにあり、と人々いわざるべし。見よ、神の国は汝らの中にあるなり」
(ルカ伝十七章二十一節)
一休の道歌もまた、極楽、すなわち仏の境地は、外にあるものではなく、来た路、自分の行いと、皆身、つまり自分自身の中にもとより備わっていたもの、とさとしているのです。
悟りも真理も、幸せも、ごく身近にいつもある。ただ、それがあまりに近すぎて、人はかえって気づかないのかもしれません。
一休以前にも、幾人かの賢哲が同様のことばを残しています。
「それ仏法遥かにあらず。心中にして即ち近し、真如は外にあらず。身を捨てて何れかに求めん」
(空海『般若心経秘鍵』)
「明珠在掌(めいじゅたなごころにあり)」
(明覚大師『碧巌録』第九十七則)
「極楽は眉毛の上の吊るしもの あまりの近さに見つけざりけり」
(伝道元道歌)
2018年02月09日 19:25
このエントリーのトラックバックURL:
http://nobunsha.jp/cgi/mt/mt-tb.cgi/350
名言名句 第六十回 一休道歌 極楽は西方のみかは東にも 北道さがせ南にあり。
名言名句 第五十九回 戦国策 百里を行く者は、九十を半とす。
名言名句 第五十八回 述懐 人生意気に感ず 功名誰かまた論ぜん。
名言名句 第五十七回 二宮翁夜話 奪うに益なく、譲るに益あり。
名言名句 第五十二回 論語 朝に道を聞かば、夕に死すとも可なり。
名言名句 第五十一回 葉隠 添削を依頼してくる人のほうが、添削する人よりも上なのだ。
名言名句 第四十八回 細川茶湯之書 何とぞよきことを見立て聞き立て、それをひとつほめて、悪事の分沙汰せぬがよし。
名言名句 第四十七回 源氏物語 老いは、え逃れられぬわざなり。
名言名句 第四十六回 貞観政要 求めて得たものには、一文の値打ちもない。
名言名句 第四十五回 スッタニパータ 人々が安楽であると称するものを、聖者は苦しみであると言う。
名言名句 第四十四回 紹鴎遺文 きれいにせんとすれば結構に弱く、侘敷せんとすればきたなくなり。
名言名句 第四十三回 風姿花伝 ただ、時に用ゆるをもて花と知るべし。
名言名句 第四十二回 葉隠 只今の一念より外はこれなく候。一念々々と重ねて一生なり。
名言名句 第四十一回 ダンマパダ 愚かに迷い、心の乱れている人が百年生きるよりは、知慧あり思い静かな人が一日生きるほうがすぐれている。
名言名句 第四十回 玲瓏集 草木の苦しみ悲しみを、人は知らず。
名言名句 第三十九回 申楽談儀 美しければ手の足らぬも苦しからぬ也。
名言名句 第三十八回 紹鴎及池永宗作茶書 枯木かとをもへば、ちやつと花を咲様に面白き茶湯なり。
名言名句 第三十七回 申楽談儀 面白き位、似すべき事にあらず。
名言名句 第三十六回 徒然草 人の命は雨の晴間をも待つものかは。
名言名句 第三十三回 論語 逝く者は斯くの如きか。昼夜を舎(お)かず。
名言名句 第三十二回 歎異抄 薬あればとて毒をこのむべからず。
名言名句 第二十八回 貞観政要 人君過失有るは日月の蝕の如く
名言名句 第二十七回 貞観政要 即ち死するの日は、なお生ける年のごとし
名言名句 第二十六回 春秋左氏伝 水は懦弱なり。即ちこれに死する者多し
名言名句 第二十回 龍馬の手紙 日本を今一度せんたくいたし申
名言名句 第十五回 徒然草 し残したるを、さて打ちおきたるは
名言名句 第十三回 珠光茶道秘伝書 心の師とはなれ、心を師とせざれ
名言・名句 第十回 南方録 夏は涼しいように、冬は暖かなように
「通勤電車で読む、心の栄養、腹の勇気。今週の名言・名句」、「スラスラ古文が読める。読解ポイントの裏技・表技。古典原文まる秘読解教室」などのコンテンツを配信しています。(隔週)
現在、弊社では各業界より、マーケティング関連委託案件があります。
つきましては下記の各分野において、企業・フリーランスの協力パートナーを募集しています。
◇アナリスト、リサーチャー
◇メディアプラン(フリーペーパー、カード誌媒体等)
◇プランナー、アートディレクター、コピーライター
◇Web制作
◇イベンター、SPプロモーション
◆化粧品・健康食品・食品飲料・IT・通信分野